あの子と、私

愛御中学校 校歌




輝くにゃ枠 手を組みて


理想の遠く 我らなり


生命の道 永久に


学ぶは鳥が なんじゃこりゃ


あゝ 愛御中学校




ガラスの鳥が 飛んで征く


自然の風と クラムボン


明るく常に 受け継いで


心にラケット 鐘が鳴る


あゝ 愛御中学校




文化の我ら Togetherを


夢ある香る 努力なり


生命の鳥 高らかに


理想のにゃ枠 我が心


あゝ 愛御中学校




「何やこの歌は」


 ワッタファッ! 突然何をしゃべりだしているんだ!


 セレモニーの最中にかかわらず、容赦ないツッコミ。それが彼女とのイマジナリー・ファーストコミュニケーションだった。




 今年は、桜が一段と清らかに咲いている。通学路になっているこの堤防には、相変わらずまだ新鮮さが残っていた。合格発表やら制服の採寸やらで通ったので初めて通る道ではないけれど、おそらくあと一か月、もしかしたら二か月は時折生新さを感じてしまうかもしれない。


 春は出会いの季節、別れの季節の両方の面を持っているが、私にとっては別れの季節になってしまった。 というのも、私はおな中の同志たちとことごとく高校が離れ離れになり、私の中学からこの高校に進学したのは私一人だけだった。そして不幸なことに、私はそんなに人づきあいもうまいほうではない。


 桜満天の通学路に反比例する私の心を慰めるのにその風は少し物足りず、そのまま短く切った髪の間を無関心に通り過ぎていった。


 ―という一抹の不安は、入学式で言葉の通り吹き飛んでいた。ぱかーん!(ホームランの音)


 その声は別に遠くの人に聞こえるような大きな声ではなく、彼女にとってはつぶやいた程度の声量だったのかもしれない。 でも私にとっては、校歌の伴奏より、歌う声より、大きく感じられるものだった。 


 そこから入学式が終わり、クラスごとに教室に移動してから、自分の一年間を支える木の椅子に腰かけるまで、私は彼女を観察し続けた。 入学式では、その後椅子の座り心地があまり良くないのか、n回足を開いては閉じ、開いては閉じを不定期に繰り返していた。 移動は一列になったので後ろからしか観察できなかったが、背筋を伸ばし、凛として歩く姿は座っているときより一段と背が高く見えた。歩くたびに後ろで一つにくくられた長い茶色の髪は左右に揺れ、彼女の背中をぺしぺしとたたきつける。 席は前後で、彼女が前、後ろが私。席が一番前だったのもあって、彼女は入学式の最中よりは姿勢を正しくして座っているようだった。


 式典から移動してきて、先生が教室に入ってくるまでの待ち時間。ほぼ全員にとって、ほぼ全員が見知らぬ同級生のこの時間。クラスの中でも、何人かは中学が同じだと思われる子たちと集まって話している声が聞こえる。でも大半は自分の席でじっとしている、そんな時間。 中学の頃は、同じ小学校の子らと集まって会話していた側だっただけに、今の状況が少し切なく感じる。


 もう行くしかないと決心し、私は彼女の猫背になりゆく背中を二、三度つついた。


 「校歌、変じゃなかった?」


 彼女は口を開くより先に、ゆっくりと九十度時計回りに回転して、私と話しやすい態勢を作ってからしゃべりだした。やっぱ変やんねぇ?といい終わるころには彼女はすっかり猫背になって、座高は私と同じくらいになっていた。




 その日以降、私は主に彼女と一緒に行動するようになっていった。移動教室も、更衣中も、授業で即席グループを作る時もいつも同じグループになった。 彼女は背が高いので、遠くからでもよく見える。食堂での待ち合わせや、体育のペアづくりでも真っ先に彼女を捕まえることができたのはそのおかげだ。 別でできていたグループの子たちとも、「私と彼女ペア」として認識されていると思うし、別のグループの子にも一人二人話の合う子が見つかった。 私の初動コミュニケーションは、我ながらうまいこといったのだ。


 そんな日常を送り、二か月ほどが経った頃。うちの担任は、どういう意図かわからないが席替えで仲良し同士を近くの席に固めるような人だった。少しでもミスが生じればクラスの団結が一気にほどけそうな作戦だが、国語教師としての読解力というべきか、年配教師の観察眼というべきか、月一で行われる席替えに外れはなかった。 そして私と彼女は、この二か月間ずっと同じ班になった。


 いつもの通学路を通り、学校には朝早く到着していた。 彼女はいつも遅れてやってくる。 正確には遅れていないのだろうが、登校時間ギリギリに到着しているようでは私にとっては遅れているようなものだ。


 彼女は最近、妙にソワソワしているようだった。 というのも、彼女は生徒会に興味があるらしく、その選挙が六月の初めに行われるというのだ。彼女はあまり自分の話はしないのだが、生徒会の話だけはちょこちょこ口に出ているようだった。


 「な、生徒会ってもう立候補したん?」


 鳥が飛んでいる。今日もまた、晴れていた。やはり天気のいい日は気分がいい。窓際が暖かいし、ぼーっとしてても怒られないような気がするからだ。 なかなか返事が来ないので彼女のほうに目をやると、彼女はカバンをごそごそとまさぐっているようだった。


 「あった」


 彼女は立候補用紙を取り出し、鼻息荒く私に見せつけてきた。立候補者の欄には、彼女の名前。あ、もうでるんやーと、紙を見ながら言葉を漏らす。 だが、その紙はどうやらまだ提出できる状態ではないらしい。


 「なにこれ、立 会 演 説 者…」


 高校生になった!と色づく異性たちの間で、私たちが人気なのはうすうす理解していた。そうしてすっかりいい調子になっていた私は、二つ返事でその申し入れに乗っかった。




 彼女はそれから私に、よく感謝を述べるようになった。



―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


独占欲、恩義、共依存


今後倦怠期になった時、この二か月が一気にのしかかってくるんですよね。わかります

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