モノ語り
あさまだき
ミソスープ
今日の晩御飯はミソスープ。 主食はライス。 日本に来てからというもの、朝昼晩と和食三昧の毎日を送っている。
朝はパンをコーンスープにつけて食べるものだと決まっていたが、その生活が今では考えられないほどになった。 数日前に、近所の奥さんに教わったライスの炊き方をするようになってから、我が家のライスは一層輝きを増し、私の心を豊かにしてくれていると感じる。
今朝をもって、心の支えともいえるべきミソが底をついてしまった。 今日の昼飯は何とか我慢できたが、一日一杯しか飲めないと不健康になってしまうような気がして、今日は一日気持ちがそわそわしっぱなしだったのだ。 なのでミソを買いに行くため早めの帰路に就いた。 職場の担当者も、それは仕方ないと私の早退をこころよく認めてくれた。
いつもより早めの帰り道には、いつもと違う景色が待っているものだ。 いつもと違う風が吹き、いつもと違う音がした。 いつもとすれ違う人の様子も違うし、いつもより時間もゆっくりと進んでいるような気がした。 このまま、風に乗って隣町にでも行ってみようか。 そう思い、最寄り駅を通り過ぎた。
目に見えないところにあるスーパーを目指して、珍しい遊具のある公園を横切り歩いていくと、徒歩十五分くらいで目標地点に到着した。
隣駅のスーパーには、いつものミソの他にいくつか見たことの無い種類のミソが売っていた。 近々給料日なこともあり有頂天になった私は、すかさず二、三種類のミソを買い物かごに入れた。
このスーパーには、何を意識してか粉ミルクがおいてあり、少し情緒を感じた。 記念に一つ、買い物かごに入れる。
あと、食後のデザートも必要だ。 確か、残り少なかったはずだ。 最近のトレンドは、この甘くておいしい大学芋だ。 短くて小さいのを二回ほどに分けて、ちびちびと食べるのが一番おいしい食べ方だと思っている。 いくらあっても困らない大学芋は、三個ほど買い物かごに入れた。 これ以上入れると、中ぐらいの大きさの袋には絶妙に入らないし、大きめの袋には少しもったいない気がするからだ。 今日もベストな買い物で大満足だ。
駅に帰る途中、少し広めの広場のようなところで、軽快なサウンドでできた人だまりがあった。 とても規模は大きいとは言えないが、ミュージシャンの顔は良く見えないほどの人だまりだ。 私は少し、立ち寄っていくことにした。
その人だまりには、私と同じようにスーパーで買い物を済ませてきた主婦の方や、少し早めに帰ってきたサラリーマンなどが集まっている。 友達と遊びに行っていた帰りだろうか、赤いキャップをかぶった半袖の少年が後ろのほうでぴょこぴょこと飛び跳ねている。
へいボーイ、音楽は人を夢中にさせるものだよな、と少年の肩をたたき、私が持ち上げてやろうかと問うと、純粋な瞳で元気よくうん、と返事した。 一度背をかがませ、少年に首の後ろにまたぎ頭につかまるよう指示すると、私は一気に群衆から顔を出した。
少年の顔は当然私には見えないが、よく見えるその顔は群衆にヘルプのサインを出しているような、そんな感じが見て取れた。 血管の浮き出た手にしっかりと握られたそのギターからなるその軽快な音は、近くによれば寄るほど、質量の感じない軽薄なものに変わっていった。
曲の途中ではあるが、子供を地面に下ろす。 あとは頑張って前に行くんだ、君ならできると励まして、次の電車の時間を調べるべく私はその広場を後にした。 立ったままスマホを触るのは少し嫌なので、先ほどの公園にあるベンチで調べることにした。
そこには、プリンを買った時についてくる透明なスプーンや、近くにあるのであろう駄菓子屋の駄菓子のごみが落ちていた。 電車の時間を調べ終えたた私は、入り口にあるごみ箱の横を足早に通り過ぎ、来た道を折り返していくことにした。 買い物袋を忘れたわけでもないし、買い忘れを思い出したわけでもない。先ほどの表情を見て、何もせず帰るのは私自身が気が引けたからだった。
先ほどの広場につくと、名も知らぬミュージシャンは静かに道具を片付け始めており、足元には二、三枚の紙幣が風で吹き飛ばされないように押さえつけられながら揺れている。
「スイマセン」
私が声をかけると、ミュージシャンはゆっくりとこちらに振り向いた。 私は財布を取り出し、彼に軽く和食の良さを説いた後、これでオコメを買うようにと伝え一万円ほど差し出した。
礼を言われ爽やかな気分になり、駅に走って戻るのも面倒になってしまった。
夕日はいつしか沈み切り、私のマンションのライトは帰りを待ちわびるかのように私を照らしていた。
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心が穏やかな楽天家、というキーワードから浮かんできたのは、ストレスをため込まないタイプの人間でした。
やはり、ストレス発散には現実逃避という言葉が良く刺さります。
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