25.「ディスイリュージョン」-6

「それは、一応知っているつもりなのですが」


「いいえ。ベルナ嬢が認知している事実は恐らく、極めて限定的な物かと。ファデラビムの現実と言うのは、規模が違います」


「劇烈に治安が悪い、という認識では不十分と」


「そうですね。例を挙げますと、あちらをご覧ください」


 一番近くにいる少女二人の雇われ労働者を掌で指し示し、ベルナに観察するよう促すグレゴリア。

 特徴的な二人であった。簡単に言うと、腰以下に脚はなく、上半身の長さの三倍はあるであろう蛇の躯体が付いている。


「あの二人の種族は見て取れますか?」


「えっと。鱗と蛇のような尾からして人間ヒューマン種ではない事だけは見て取れますが、正確な名までは寡聞にして……」


「髪が赤い方は蛇身女ラミア、水色の髪の方は水蛇人ナーガという種族でございます」


「えっ。違う種族なんですか?非常に似ているように見えますが」


「ええ。女性しか存在しない蛇身女ラミア種に対し、水蛇人ナーガ種は普通に両性が存在するという一番の差はあるものの、この両種族は外見的特徴はほぼほぼ一致しております。その差異を強いて挙げるのであれば、耳でしょう」


「あ、確かに。赤い髪の方は妖精エルフ種を思わせるような尖った耳をしておりますが、もう一方は水生生物を連想させるひれのような膜状の構造が」


人間ヒューマンであるベルナ嬢から見たら、理解しがたいかもしれませんが……蛇身女ラミアと女性の水蛇人ナーガは、実は不倶戴天の敵なのです。その仲の悪さ、敵対関係にあるとして知られて久しい妖精エルフ種と矮人ドワーフ種の優に百倍はあります」


「そんなに?何故ですか?」


 普通に和気藹々と協力しながら農作業をしている二人の蛇少女を見て、ベルナは驚愕の声を上げる。


「寝取るからだ。蛇身女ラミアが、水蛇人ナーガの既婚者の男性を」


「ネトっ……?!」


 横からなんら躊躇いなくそんなワードを吐き出すロザリアスにベルナは視線を向ける。


「えっと。水蛇人ナーガの女性にとって、有限な自種族の男性を半分掻っ攫われて、面白くないという事ですか?でも、そんなの、自由恋愛の一環としか」


「違うんだ。基本的に既婚者の男性『だけ』狙うんだ、蛇身女ラミアは」


「性質悪いなっ!」


 あまりに大きな声を出したせいで、蛇少女達がちらちらとこちらを伺うのが見えて、ベルナは自分の口を両手で塞いた。


「グイドニス様が今思っている疑問は理解している。何故既婚者限定なのか。それは、一定以上の期間、つがいを持つ水蛇人ナーガの男性の外見とフェロモンは大きく変化するからだ」


「……趣味趣向の問題とは言わないでしょうね?」


「俺が部長を勤める部にも蛇身女ラミアの子がいるのだが、その子の言葉をそのまま借りるとこうだ。『新婚七月ぐらいが一番ウマイんだよネェ。自分の体の変化で心が精一杯な時に、うちの手練手管を体に叩き込んで、蛇身女ラミアじゃないとイケナイ体にするのが愉しいって言うカァー』」


「滅んでしまえそんな種族っ!」


 つい強めのツッコミを入れるベルナであった。


「『童貞が許されるのは四次脱皮までだよネェ。うち、敗北者のフェロモンに触れたくないんだよネェ』とも言っていたな」


「何なんですか、蛇身女ラミアって種族。水蛇人ナーガの方から見たらこの上なく迷惑じゃないですか」


 呼吸を荒くするベルナを宥め、グレゴリアは説明を続ける。


「生物学的に説明すると、水蛇人ナーガの男性はパートナーが妊娠すると、母の役割を半分担うため、その体は男性の性器を残しながら徐々に女性の物へと変化するのです。そしてこの変化のプロセスを経ないと、蛇身女ラミア水蛇人ナーガの男性とつがいになっても子を産む事が出来ず、進化の必然性として、女性化が始まった水蛇人ナーガの男性にしか興味を持たなくなったのです」


 世にも奇妙な種族もあったものだ。


「……要は女性らしい顔と体つきをしていますが、男性の器官を残した水蛇人ナーガがいいという事ですね?そしてそれを無辜なる水蛇人ナーガ女性から奪う事に快楽を覚えると?」


「ええ。蛇身女ラミアの一般性癖です。ちなみにこの横取りを成功させるための進化も遂げており、特殊な体の構造やフェロモンで水蛇人ナーガの男性を虜にしております。自分の夫が狙われたら基本的に水蛇人ナーガの女性に勝ち目はほぼありません」


「か弱いと言われがちな人間ヒューマン種に生まれて良かったとこれほどまでに思う日はありませんでしたよ」


 呆れ果てた目で赤髪の蛇少女を見ながら、ベルナは自分が水蛇人ナーガの女性として生を受けなかった事をこれ以上なく感激した。


「ビナー様は激しく乞われて、蛇身女ラミア向けに妻を心より愛する小柄で大人しい水蛇人ナーガ男性の弱みを握り手篭めにする官能小説。水蛇人ナーガの女性向けに蛇身女ラミアに狙われても靡かない男を主人公に添えるロマンス小説をそれぞれ一シリーズ書き上げていたな。部数だけ見たら、アドヴァンス冒険者の国の国営教科書の総部数をも上回ったらしく、結構な収益を得ているらしんだ」


「何をしているのですか、《白金樹フールズポイズン》は……いや、アドヴァンス冒険者の国の教育を司る部門の方が何をしているのですかと言うべきかもしれませんが」


白金樹フールズポイズン》の手によって作り出された物って、何故全部こんなにも癖が強いのだ?


「ベルナ嬢。少しコミカルな切り口から入りましたが、私の言いたい事は、既にあなたが先ほど口にしております」


「私が?」


 眉を吊り上げ、疑問に思っていたベルナにグレゴリアは結論を提示した。


「『蛇身女ラミアなど滅んでしまえ』」


「あっ」


 流石にベルナも、グレゴリアの言いたい事が分かった。

 話の流れの中でさえも、一聞き手でしかないベルナにツッコミとしてそんな言葉を使うぐらいの所業を、種族単位で延々とやられるとどうなるのか。

 お互い知恵種族な分、血みどろな戦争をいくつもしてきたに違いない。


 もう一度、農作業を協力しながら行っている少女二人に視線を投じると、そのありふれた日常的な風景がいかに奇跡的な物なのかが分かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る