23.「ディスイリュージョン」-4

「へへっ。アタイは文章を書くどころか、文字すら読めなかったんですよ。ボスには感謝しても仕切れないですね」


「その口ぶりですと、読み書きも《万紫千紅カレイドスコープ》が自ら教えてくれたのですか?」


「ああ。冒険の合間を縫って、ですね」


 だから、「先生」なのか。

 グレゴリアの方に視線をやると、肯定の意を込めた頷きが帰ってきた。


「我が君によって、こうして想像した事もない道に導かれたメンバーはいくらでもいるのだ。グイドニス様」


 ロザリアスの適切なタイミングでなされた説明に、かのギルドマスターの知られていなかった有能性がまた一つ発覚された。


「好きな作家はありますか、カロルさん?」


 思わず、文学系のサロン出身のベルナは専門トークに入ろうとしたが、帰ってきたのはあまりにも意外な答えであった。


「顧問のビナー様が、私一人のために書いた中篇がありましてね。あれはもう、未だ天才以外の言葉をアタイは見付けずにいますね」


「《白金樹フールズポイズン》って小説書くのですか?!と言うか文芸部の顧問だったのですか?!」


「おんや?知らなかったのですか。芸術系の部活の顧問は軒並みビナー様が兼任してますよ」


「先生以外で一番の審美眼の持ち主ですよ、ビナーは」


「えっ。グレゴリアさんよりも?」


「音楽以外、私程度比べるのもおこがましいレベルですよ」


 美の追求に関して天性の素質を持つ天人にそう言わしめるほど、どうやら《白金樹フールズポイズン》は本物らしい。


 意外すぎる情報に、ベルナの中の魔導学者マナスカラーの像がぼやき始める。


 あの頭の弱そうな語尾なのに。陰影グリザイユもまったく理解出来ないコマンドばっか実装するし。


 それが芸術性なのかなぁ……直接な被害者としては素直に認めたくないな……


「アタイの感性に合わせて書いたモノらしいのですが、すごく芸術性と娯楽性を兼ね備えた良文なのですよ。興味はおありで?」


「是非とも拝見させていただければと」


 気にならない訳はなかった。


「あいよ。えっと、どこでしたっけな……」


 しばらくして、カロルはデスクの引き出しから一冊の本を見つけ出し、それをベルナに手渡した。


 書皮の異様に滑らかな手触りを少し堪能するように確認したのち、ベルナは緊張しながらそれを開いた。


 どうやら、サイコサスペンス的な何からしい。


 主人公は人間に育てられた食人鬼トロールで、変身能力を使って人間社会に潜みながら生活している設定だ。

 少しずつ地の文から滲み出る主人公の異常性にひやひやしながら読み進めると、とうとう異様なまでにリアルな食人のシーンに出くわし、ベルナは喉を鳴らしながら本を閉じた。


「お気に召しませんでした?」


「い、いえ。例え創作だと分かっていても、少々刺激が強いですね。人間を食べたい欲望を誤魔化すために、ゴブリンを料理して食べていた主人公がどんどん欲求に耐えられなくなる過程が本当に緻密に描写されていて、その……」


「お、分かってらっしゃるねぇ。ブラックジョークな感じが堪らないですよねぇ」


「え?」


「うん?」


 会話に謎の噛み合わなさが生じ、二人はしばらく無言で見つめあった。


「えっと、ごめんなさい。笑えるポイントを解説してもらえれば」


「そりゃ、食人鬼トロール的には人間よりゴブリンの方が血筋が近いじゃないですか」


「そう、なりますね」


「同族食いって意味なら、人間食べるより本質的にはタブーな訳ですよ」


「な、なるほど」


「だから笑えるんですよ。滑稽で。ほら、人間が善人面して奴隷制度は差別だ!残酷だ!って言いながら貴族制を残す所と似てて面白くない?食人鬼トロールも人間もさして変わらないって文脈ですねぇ」


 変だな。文学の話をしていたら、ベルナは何故か背後から刺された気がした。


「まあ、合理性に目を瞑って、創作と割り切るタイプのお話ですからねぇ。真面目そうなグイドニス様には合わなかっただけの事ですよ」


 それを聞いて、ベルナは少し安心した。


「やはりこれの内容はファンタジーで、現実に基づく物語ではなかったのですね」


「そりゃそうですよ。ゴブリン肉なんかより人間の方が圧倒的に手に入りやすいじゃないですか」


「……カロルさん?」


「おん?」


「あの、人間の方が手に入りやすい云々は、ブラックジョークですよね?」


「いいんや?だってその本の表紙の皮だって」


 ベルナは手に持っている本を全力でぶん投げた。


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