22.「ディスイリュージョン」-3

 思わずツッコミを入れるベルナに対し、ようやく女性は一瞥した。


「……誰です?今忙しんですけどねぇ」


「あっ、私は――」


「気が立っている所申し訳ない。我が君の命により、彼女を部活見学に連れて来たのさ」


 ベルナが慌てて名乗ろうとする前に、ロザリアスが上半身を前に出し、女性の人を射殺せそうな目線を遮る。


「あ、ロザリアス様っ!やだ、アタイ今締め切りで肌も顔色もぐちゃぐちゃでねっ!見ないで!」


「確かに、見た所連続した徹夜が普段のあなたのハツラツとした魅力を削いでいるかもしれない。だが、それとは別に……こうしてダークでアンニュイなあなたが見れたんだ。むしろ、レアな姿が見れて、不謹慎ながら少し役得を感じているよ」


「もうやだねぇ、ロザリアス様。またまた御冗談を」


「本心さ。分かるだろう?」


 秒で態度を大回転する女性もさることながら、スラスラと結構説得力のある口説き文句を出せるロザリアスに対しベルナは呆れを通り越して尊敬すら覚えた。


「グイドニス様。こちら文芸部の部長であり、我々のギルドの広報をも担うカロル様だ。カロル様。こちら、国からの使者であるグイドニス様だ」


「へー。そういう事ですか」


 立ち上がる気力も惜しいのか、カロルという名の女性は椅子をこちらに向けるだけであったが、その顔の上からすでに険は引き、残ったのは疲労困憊な表情のみであった。


「カロルです。ぴりぴりしててすいませんね。ここ最近自分の文章に納得出来なくて」


「いえ、こちらこそ急に押しかけて申し訳ございませんでした。……カロルさんは、その、家名とかは?」


「うん?あぁ……外から来た人間からしたら珍しいのですかね?」


 小さく、カロルは口を開き、幾分か凶悪な笑みを見せる。

 こうして近くで見ると気づく。彼女の皮膚は少しだけ緑がかっていて、犬歯も長く鋭い。

 何より、白目の部分が完全な黒色であり、通常な人類種でない事は明らかであった。


食人鬼トロールでしてね。家名も姓も、持ちようがないよ」


「そうでしたか。食人鬼トロールの方……食人鬼トロールっ?!」


 普通に聞き流しそうになるも、種族名に驚かないのは無理であった。

 食人鬼トロールと言えば、完全にモンスターの域である。知恵はあると見なされているが、あまりにも高すぎる攻撃性により人類との意思疎通が不可能な種の一つだ。


「はっはっは。久しぶりに見ますね、その『正常な』反応。《安息の地エルピス》にいると麻痺してしまうんですよ」


「も、申し訳ありません。私の常識から外れすぎていまして……」


「いやいや。グイドニス様、でしたっけ。あなたの反応の方が正しいのですよ。食人鬼トロールなど普通、人類の敵にしかなり得ないのさ。まあ、アタイはハーフですけどね」


「ハーフ……」


「ま、ご想像の通りさね。アタイのかーちゃんは被害者。何を血迷ったか、食人鬼トロール豚鬼オークの真似事をしましてねぇ。なんとかアタイを無実な子供として育てようと頑張ってはくれましたけど、まあ、アタイが五歳の時、野犬を丸かじりしてたを見て無理って気付いたのさ」


 へらへらと笑っているが、カロルはベルナには想像する事も出来ないハードな人生を送ってきた事に違いない。

 それはそうと、話の内容がシンプルに怖い。


「かーちゃんの細腕じゃあ、鉈でも包丁でもアタイを殺せなくてね?食人鬼トロールって物凄いスピードで再生するから。冒険者を雇うって聞いて、流石のアタイも諦めて逃げましてね」


「カロル、さん……」


「ああ、いや。この程度、ファデラビムじゃ悲惨の内にも入らないのですよ。ボスとロザリアス様に出会えましたし、ラッキーもラッキー」


「光栄だ」


 アピールチャンスを一切聞き逃さないロザリアスの手の裏を、カロルはゲラゲラと笑いながらペシペシとはたいた。


「ボス、というのはやはりギルドマスターの《万紫千紅カレイドスコープ》の事ですか?」


「もちろんですとも。奇妙な方でしょ?ボスは」


「ええ。どんな冒険者とも違って見えます」


「そりゃ違いますとも。『トロールと言えばレスバ!レスバと言えばトロール!』って意味不明な事を言って、アタイを物書きの道に引き込んでね。レスバって、闇妖精ダークエルフの言語じゃあ口論か口喧嘩の意味らしいですねぇ。今じゃあアタイは対外の……ロザリアス様?」


 ベルナに見えない角度で、どうやらロザリアスはカロルに向けて、なにかしらのアイコンタクトをしたらしい。


「……ああ、えっとねぇ。まあ、文章を書くことが、アタイの破壊衝動を抑える事に非常に有益って教わったのさ。文章に使う殺意がむしろ常日頃足りないぐらいになりましてねぇ」


 軽はずみに、文学をやるのに殺意は要らないと発言したベルナは素直に、後で謝ろうと思った。

 食人鬼トロールにとって、きっとそれは特別な精神エネルギーだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る