20.「ディスイリュージョン」-1
「マスターが来られないのは、残念です」
「仕方のない事だ。我が君は例の『宝箱の鍵』に対応するための作戦を立てる時間が必要ゆえ」
「あ、いえ。決して責めている訳ではありません。単純に、結構画期的な管理法ですので、創設者である彼女自らお話を伺いたかったな、と」
ギルドハウスから出て、ベルナ、グレゴリアとロザリアスの三人は今西へと向かっている。
ギルフィーナはギルドに残ったが、護衛と解説者として、ロザリアスとグレゴリアをそのまま派遣してくれた。
「部活」。聞き覚えのない発音ではあったが、グレゴリアの「おそらく
どうやら「部活」は冒険者ギルドにおいて一般的な活動ではなく、ギルドマスターである《
内容は、ギルド内で共通の趣味や特技を持つメンバーが集い、親交を深めるコミュニティー活動だ。
各「部」には活動内容に心得のあるメンバーがそれぞれ顧問や部長となり、先達として他のメンバーの技量や知識を向上させるための指導を行い、部全体として建設的な付加価値を作り出す試みを日々頑張っているそうだ。
「そうだな。グイドニス様的に分かり易く例えれば、冒険者のサロン、かな」
ロザリアスの説明を聞き、なるほど、とても合理的だとベルナは思った。
冒険者とは
ベルナは貴族令嬢学校に通っていた頃、親友であり従妹であったあの高貴なお方と一緒に参加した詩歌サロンを思い出した。
楽しくも、実りある日々であった。
「冒険者のサロン、ですか」
具体的な内容は想像もできないが、とても気になる。
貴族のサロンとは流石に主題が違うのだろう。
冒険者は一般的に言うと、基本的には粗暴で無学だ。
それが悪だともベルナは思っていない。
ベルナに学問と教養があるように、冒険者には武力と戦術がある。
貴族と冒険者、それぞれ領分は分かたれているが、本質的な優劣はないとベルナは認識している
実際、相手が平民だろうと、使用人だろうと、更には適正な報酬が支払われていようと、自分を助けてくれる人間には毎回欠かさずキチンと礼を口にするのがベルナだ。
掃除を行っているメイドも、料理を運んでくれる使用人も、馬車の御者も。ある意味、自分に出来ない事をやってくれている訳なのだから。
他の貴族から見たら、己の品位を下げる行為だと批判する可能性もあるが、これこそが「高貴さ」であるとベルナは信じて疑わない。
そういった「上に立つ者としての矜持」を、ベルナは父から長年教育されてきた。
心構えではなく、これはすでに彼女の生き方となっている。
自分に出来ない事を他者に頼り、また、自分にしか出来ない事を責任もって行う。
こういった根底にある信念ゆえ、はっきり言って、部活見学に対し彼女はワクワク感を覚えていた。
自分とは違う世界の者が、お互い高め合うための活動。
それを覗く事で、自分も上位者として学びがあるに違いない。素敵な事だ。
どういった内容が行われているのだろう。
やはり、騎士団のように、日々戦闘技術を磨くのだろうか?
あるいは、
更には、
色々と考えを巡らせている内に、案内人として先頭に立っていたロザリアスは歩みを止めた。
「マドモアゼル。着いたぞ」
「そう遠くはありませんでしたね」
目的の建物を見て、ベルナはふと気付いた事がある。
ギルドハウスから出て、ここに到着するまでの街風景は、昨日ファデラビムに到着した直後のまるで廃墟の様な惨状とは何もかもが違っていた。
「普通」、なのだ。
まるで中流の貿易都市のような印象を受ける。
これがあの悪名高き「最果ての深淵」の一部と言われると、ここの住人以外の人間だときっとピンと来ないだろう。
《
莫大な財力を持ってしても、不可能と考えられた事だ。建設するための資源と人員を、守るための武力がいる。
そして、武力と財力が揃ったどころで、きっと失敗に終わる。国がそうだったのだ。
ファデラビム住民の敵対心。
建築資源輸送経路の乏しさと、それらを維持するために必要な人力の多さ。
単純な費用対効果の低さから来る経費捻出の難しさ。
ファデラビムの再建にあたって直面するであろう困難は考え出したらキリがない。
だが《
国家単位の試みがもたらした成果をこうも軽々しく超えられると、ベルナも貴族として敗北感よりも先に好奇心が湧き上がる。
必要な物は、一体何だったのだろう。
《
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