19.一本目のピトン-7

「……どういう事?詳しく説明してくれますか?」


「『初心者の幸運ビギナーズラック』という現象を聞いた事はあるか?」


「賭け事などで、往々にして初めての人の方がラッキーだったりする、あのジンクスの事ですか?」


 無言で、ロザリアスは一枚の資料をベルナに手渡す。

 読めば読む程、書かれていた内容は信じ難く、思わず紙の縁を掴む手に力が入り、紙面に皺が走る。


 どうやら、一部の断層ヴォイドでは、『初心者の幸運ビギナーズラック』は単なるジンクスではないようだ。


 そういった断層ヴォイドの特性として、初見の人間がパーティーにいるとドロップ品が全体的に多くなり、あるいはレアなドロップの確率が上昇したりする、とのこと。


 これに目を付けた、本物の犯罪者ギルドブラックギルドが行った、通称「宝箱の鍵」という犯罪手法は、こうだ。


 まず、ゆくゆくは冒険者を目指し、戸籍のない家族のため合法な仕事を得たいと思うファデラビムに住む一部の難民などの立場が弱い者に対し、ギルドに入らないか?と勧誘を行う。


 冒険者として決して良待遇とは言えない、雀の涙程度の固定賃金しか払われないし、ドロップ品もギルドの方が所有権を持つ事となっている。


 だが、先輩冒険者が安全を保障してくれる上、やる気のある者は一定期間を経て、天賦の種子タレントポイントが身に付くと、戦闘訓練を行い、本格的な所属冒険者として抜擢すると約束する。


 未来のためなら今はしばし辛抱し、そういったギルドによって奴隷のように扱われる事となった、レベル一冒険者ですらない一般民衆はそれなりの数が存在しているとされる。


 これだけなら、提供する仕事環境が劣悪なだけで、アドヴァンス冒険者の国の法律に照らし合わせると、犯罪とまでは行かない。

 だが、これらすら本当の犯罪手法を覆い隠すためのダミーでしかない。うま過ぎる話なら、既に苦難を多く経験したファデラビムの民ならおよそ騙されない。


「宝箱の鍵」という手法が悪辣なのは、これからの内容だ。


 まず、断層ヴォイド探索中には、被害者に経験値が入らないよう手を尽くし、『初心者の幸運ビギナーズラック』の持続時間を延ばす。


 次に、探索の回数によって『初心者の幸運ビギナーズラック』が切れた人に対し、断層ヴォイド内のボスとの戦闘を強要する。概ねこの段階で被害者は帰らぬ人となり、これまでの賃金が支払われる事なく踏み倒される。


 極々少数な、ボスとの戦闘を生まれ持った才によって撃破した人間に対し、疲弊した所、これを更に集団で襲撃し殺害した後、ドロップ品を回収する。


 格上のボスを倒す際、『初心者の幸運ビギナーズラック』もまた強力に作用し、価値あるドロップに繋がるので、むしろこれら犯罪者ギルドブラックギルドは被害者がボスを倒す事を期待している。


 これでまだ終わりではない。


 被害者に子供か伴侶がいる場合、遺品を片手に、彼や彼女は勇敢に戦ったが、残念ながら光栄な戦死を遂げたと告げ、遺族にボスへの復讐心を煽り、次代の「宝箱の鍵」の人員を補充するという。


 人間を、回数制の「ドロップ率向上用装備」として使用しているという訳だ。まさに血も涙もない。


 この「宝箱の鍵」が巧妙なのは、基本的に断層ヴォイド探索は危険な行為なため、被害者の死因が疑われても証明する事は難しい所。

 加えて、「鍵」であった人員の中で一部従順でコントロールしやすく、更には戦力としても期待できる人員を本当に冒険者として登録するのだから、僅かな希望に難民達は群がり、そしてその大半は搾取されたのち、命を落とすという訳だ。


「何だ……これは……」


 歯が砕けるような憤怒を噛み締めながら、目から血が吹き出しそうな悔しさに震えるベルナは、突如昨日断層ヴォイドで体験したあの戦慄を感じた。


 いや、その比ではない。騎士と踊り子を見た際のプレッシャーの、明らかに数倍はある肌寒さがベルナを襲う。

 頭を紙から上げ、脅威を感じる源に視線を向けると、そこにはこれまで見たことがない《万紫千紅カレイドスコープ》の姿があった。


「……じめっ子は……さなきゃ……」


 ギルフィーナ・レオン・ルミエールという冒険者の象徴とも言える輝かしい虹の瞳が発していた暖色系な光は鳴りを潜め、代わりに、深い色彩で全体的に酷く濁っていた。


 深緑、黒と青が、まるで白紙の上に落ちた墨汁のように交互に滲み、虹彩を支配する。


 まるでであると、何故かベルナは思ってしまった。


「先生。先生?」


「我が君?」


 グレゴリアとロザリアスの心配そうな声がかかるも、ギルフィーナに反応はない。

 ベルナがその全身から流れ出した何かに本能的に怯えていたら、黒猫の方が動いた。

 肉球を飼い主の頬に強く押し付け、グイグイと猫らしい踏み踏みをしたら、ハッとした形相で《万紫千紅カレイドスコープ》は我に返る様子を見せる。


「どしたの?」


「……先生。漏れていましたよ。マナ散逸です」


「えっ、本当?!」


 慌ててベルナの方を向くギルフィーナは、冷や汗だらだらの彼女の表情を見て、深く自責な念を覚えたようであった。


「子供も数多く被害を被っているって書いてて、ちょっと頭に来ちゃって。ベルナちゃん大丈夫?本当にごめんね!」


「いえ。マスターこそ、いつものマスターに戻って良かったです」


 グレゴリアが語った「マナ散逸」なるものはどういった現象なのか、ベルナには知る由もない。だが、普段の《万紫千紅カレイドスコープ》に戻ったの確認できて、彼女は深く安堵した。


「丁度よかった。国から来たベルナちゃんもいる事ですし、大義名分に事欠かないね」


「マスター?大義名分とは?」


 ベルナの質問に対し、花の様な笑顔を咲いたギルフィーナは。


「ベルナちゃん。うちのギルドの部活に興味ない?」


 ベルナに対し、いまいちよく分からない誘いを言い渡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る