18.一本目のピトン-6
「痛ましい誤解だ。俺がそんな、己の欲望のために女性の自由意志を奪い、まるで人形かトロフィーのように扱う三流なオスに見えるのか?」
悲しげにロザリアスは目を伏せ、心の痛みを訴えるように左手で胸元を抑える。
その姿に、ベルナは同情を禁じず得なかった。
そうだとも。グレゴリアが言ってた事が実際に出来るとして、やるとは限らないのではないか。
それは、スタイルのいい女性が街を歩くだけで、男性を誘惑している!と糾弾するのと何が違うのだろうか。
滴り落ちるばかりの憂いをその双眸に貯め、ロザリアスは見た者の罪悪感と保護欲を煽る表情をしていた。
まつ毛なっがいな。まつ毛を滑り台のように滑れる気がする。
赤い、赤い瞳だ。
吸い込まれそうになるような、そんなひとm――
しゅぱっ!
「いったぁ!何をするのですか!」
結構強めにグレゴリアに脳天をチョップされたベルナは素っ頓狂な声を上げるも、次の瞬間気付いてしまう。
近っか!ロザリアスの顔、目の前の三センチぐらいだった。思いっきりパーソナルスペースに侵入して来てる。
グレゴリアのツッコミがなかったら、次の瞬間キスしていたとしても不思議ではない。
「私の同情を返してください!何が、『痛ましい誤解だ』、だ!息をするように
グレゴリアの背後に隠れ、羽根の隙間から頭を出して、ベルナは
「この擁護もまた不本意なのですが、ベルナ嬢。この性欲の権化とて能動的にあなたに
「歩く
「んっ……これまた手厳しいお叱りだ。ゾクゾクするじゃないか」
羞恥と驚愕により思わず口が悪くなったベルナだが、罵倒された本人は喜んでいるようであった。
「新入りのメンバーをいじめる前に、先生への報告を済ませてはいかがですか?」
「そうだった。我が君」
演技がかった動きで華麗に身を翻し、ギルドマスターに向けロザリアスは懐から紙束を取り出し、手渡す。
「我が君のオーダーで調査しに参った所、やはりそういった犯罪が行われているようだ」
「犯罪……?調査?」
重大な単語を聞き取り、この場で一番法の番人として機能しなければいけないベルナが我に返る。
「ええ、グイドニス様。これが丁度、先ほどグラリス様が言及した、
「……うん?私、名乗りましたっけ?」
「この俺が、これからギルドの一員となる女性と初対面する前に、礼儀として調査を行わないと思われたら心外だ」
「調査した方がめちゃくちゃ礼を欠いていませんか?」
「そんな事はない。昨日の夜、お気に入りのお馬さんのぬいぐるみを持って来なかった故、あまり良い睡眠を取れなかったグイドニス様」
「ちょっ!なんでそれ!グレゴリアさん!こいつ覗き魔じゃ?!」
パニックによりまるで保育士に言いつける幼児のようなセリフを吐くベルナを、天人はどうどうと宥める。
「まあまあ。そんなに怒らないでください、ベルナ嬢」
「ふぅ……ふぅ……」
「ちなみに参考までに聞きますが、お馬さんのお名前は?」
「アルフレッド疾風号、という名前だ」
「まあ。愛らしいですね」
「ちょ、何でそれまで、おい!グレゴリアさんも乗るな!」
長年添い寝していたぬいぐるみの名前さえもロザリアスにバレているベルナは敬語が崩される程に慌てていると、ギルフィーナはほっこりとした表情で口を手で覆い、隣家の奥様のような「オホホ」といった感じで笑った。
「流石ロザ君。新しいお友達でもすぐ仲良しになれてえらいぞ!」
「どこが?!」
「はいはい。ベルナ嬢をからかうのはこれぐらいにしましょう。簡単な説明をお願いできます?」
「もちろんだ。グイドニス様。最近までファデラビムにおいて、冒険者稼業はほぼ唯一と言っていいほどの合法な生計の立て方である事は、知っていたかい?」
「……ええ。ここへ来る前は、しっかり勉強をさせて頂きました」
プライバシーを暴露され、まだ全然納得はしていないベルナであるが、仕事と関係のある話のため一旦己を律した。
ファデラビムは無法の城だ。それは常識である。
公式での住民数は現実の住民数の明らかに二十分の一にすら満たず、それ即ち身分証明を持つこの国の国民の数は総数の五パーセントしかないという事。
そして当然だが、身分がないとすれば、真っ当な仕事にありつける確率はグーンと下がる。
だが、冒険者だけは例外的に実力と実績だけで、国内で戸籍を持たなくとも合法的に仕事を貰う事ができるのである。
それはこの国を強大にした思考の一つであり……現在に至るまで、国のコアまでも侵食し続けている劇毒でもあった。
「実は、ファデラビム内では最近、合法な仕事がしたい民衆が増えている。皆不安定な生活に飽き飽きしているのだ」
「!それは、朗報じゃないですか」
ロザリアスの言う事が真実なのであれば、
「……そういう、より良き明日を求める人間を餌食にするのが、先ほど述べた、四種類目の分配法だ」
ロザリアスの遺憾そうな声音により語られたのは、ベルナが一番許せない類の出来事であった。
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