17.一本目のピトン-5

「マスターは、ギルド運営上の理由があって、この欠片レリックを私が扱うべきと判断したのでしょう。それも、働かざる者食うべからずと思うであろう私のために、『加入祝い』と言う理由まで見つけてくれて。それを邪推してしまった、己の狭窄な見識を恥じ入るばかりです」


「い、いやぁ。ベルナちゃんは、真面目だね」


「本当に、申し訳ございませんでした」


 ベルナちゃんは下を向いて、少し気まずそうにしている。

 相手の善意を邪な気持ちと決めつけていた自分が許せないのだろう。素直ないい子だ。


 事実邪な気持ちが少しもないとは強く言えないのだから、私が悪いよこれは……


 どうしたらいいのかと頭をフル回転していたら、ベルナちゃんは突然何かを発見したように頭を上げる。


「あれ?グレゴリアさん」


「どうかされました?」


「四種類、と言いませんでしたか?」


「あら。覚えていたのですね」


 ベルナちゃんは、さっきから私も気になっていた質問を口にした。

 そうだ。グレちゃん、さっき「分配法は四種類存在している」って言ってた。

 私、ギルド立ち上げる前はティフィと二人で、立ち上げ後はギルドメンバーとしか断層ヴォイドに行った事ないから、やり方なんて一つしか知らないのに。


「『貢献度合い分配』、『必須者優先ニード』に『マスターコール』。一種類足りないのではないのですか?」


「……どうやら誤魔化しても無駄のようですね。まぁ、気持ちのいい話題ではないのですが、四種類目の分配法については――」


「それについての説明は、俺に任せてくれないか?」


 磁性すら帯びるような、重厚なハスキーボイスがグレちゃんの説明を遮る。


 振り返れば、先ほど脳内で浮かんでいたばかりの、色んな意味で本当に頼りにしている愛弟子まなでしならぬ愛生徒まなせいとがそこにいた。


 ロザ君だ。うちの対外担当でもある、交渉と政治の専門家。


 加えて物凄くイケメン!時々癖は強いけど、女の子の扱い方にもとても心得がある男の子だ。


 その瞬間、一つ絶妙な計画が私の脳裏を電流が如く駆け巡る。


 こ、これだ!


 ◎


 会話に割って入ったのは、長身にして細身の男性だった。


 男性、と断定できる程の骨格と声であったが、礼儀作法を父から厳しく叩き込まれたベルナでさえも思わずその顔面を数秒凝視してしまった。


「綺麗」。そう思ってしまった。男相手に。


 これ程までに美形な男性は見たことがない。


 毛先が僅かなウェーブを描く黒髪は、光に照らされると少しだけ紫紺が反射され、幻惑的な色合いを呈す。

 刈り上げた後ろ髪は男性性を感じさせるさっぱりとした造形だが、切れ長なワイン色の双眸と薄めの唇から放たれたのは妖しげな色気であった。

 中性的で線の細い男性より、もっとがっしりとした健康的で朗らかな男性を好むベルナだが、この男の異性を魅了する雰囲気は別格だ。


 グレゴリアの美しさは清らかな気持ちにさせてくれる荘厳な美しさ。花として例えるのであれば、蓮。

 対し、突如現れたこの男の美しさは退廃的で、インモラルな雰囲気漂うモノであった。花として例えるのであれば、彼岸花だ。


「ロザリアス・イランコルテだ。今後お見知りおきを、マドモアゼル」


「え、ええ。こちらこそ」


 さっと距離を詰め、流れるように片膝をつき、自分の左手を取り、指の甲に唇の先端を微かに触れるような接吻をかます伊達男に流石のベルナもタジタジになる。


「我が君。美しき黒き豊穣の戦乙女ワルキューレ。只今より帰還した。相も変わらずのその麗しさに、渇きにも似た動悸が俺を苛み続ける」


「あ、あはは。もうロザ君ってばいっつもおおげさ」


「すまない。いかなる美辞麗句も、あなたが与えてくれるこの甘美な感傷を言語化する事は叶わず、つい饒舌になる」


 耳を疑うレベルのきざったらしいセリフを意にも介さず吐き続け、ロザ君ごとロザリアスは今度ギルフィーナに迫るも、さっきまでうたた寝していた黒猫に思い切り爪を立てられ、苦笑いを浮かべながら一歩下がる。


 すごい。猫に引っかけられたのに、猫に向けて投げキッスしてる。

 どういう精神性なんだろう。メスなのであれば万物に対しあの態度を維持するの?

 というか、《万紫千紅カレイドスコープ》の飼い猫、猫なのにうんざりという表情が明白に見て取れる。やはり知能の高い猫なのだろうか。


「出たわね」


 まるで薬草採集をするために山に入った村娘が、草むらから飛び出したゴブリンに対して使うような言い方で仲間の帰還を祝うグレゴリアの言葉に、ベルナは呆れにも似た感情を覚えた。


 あのグレゴリアさんにこんな態度を取らせるのは相当だね。さっき、自分があの《万紫千紅カレイドスコープ》を侮辱しかねない大失態を犯した時も余裕を崩す事はなかったのに。


「あぁ……グラリス様。我が君に真っ先に挨拶したからと言って、可愛らしい嫉妬はよしてくれ。我らが可憐な小鳥を、この俺が忘れるとでも?」


「私の『理解を促す者シルバー・エピファニー』が代わりに挨拶を返す前におふざけをやめた方が身のためでございます」


「んっ……とてもエレクトリックな照れ隠しだ。やめてくれたまえ。我が君の前で興奮してしまう所だ」


「はぁ……」


 ま、負けてる。すごくすごい。このギルド、グレゴリアにさえも苦虫を嚙み潰したよう表情をさせる事が可能なメンバーっているんだ。


 あまりの出来事に、ベルナの脳の言語野はエラーを吐き出した。


「ベルナ嬢。紹介する。このバカ丸出しのリビドーモンスターは、不本意ですが、我々安息の地エルピスの斥候です。ええ、それはもう……有能な」


 有能なの?!


「それと。アイコンタクトは出来るだけ取らない方がいいでしょう。術中にハマります」


「え?それは、どういう?」


「こいつ、ダンピール半吸血鬼なだけでなく、もう半分の血は夢魔サキュバスなんです。最悪なサラブレットですよ。こんなのに魅了チャームされて、人前でまるで出来の悪い少女向けロマンス小説のようなやり取りをしたくないのであれば、目を見ないように」


「えっ?!」


 怖すぎる。即死系の罠じゃない。昨日の告死女妖バンシーにも負けない危険度だった。

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