16.一本目のピトン-4

「通常、それらは四種類に分けられます。まず一つ目、『貢献度合い分配』。これは想像出来ますね?」


「……ええ。言われなくとも、昨日の断層ヴォイドは《戦争詩人ワーバード》さんが攻略したモノという事実は理解しております。ですから――」


に一番人気な分配方法でございます」


 強い言葉だ。


 高々二十四時間あるかないか程度の印象だが、常に謙虚な姿勢を維持していたグレゴリアらしからぬ発言であった。


 そこに意図を感じ、ベルナは会話の主導権を譲り、押し黙る。


「失礼。あえてそう述べた理由は想像出来ますか?」


「いえ。ご教授願います」


「答えは簡単です。本当にその欠片レリックが必要な攻略メンバーに、欠片レリックが基本的に行き届く事がないからです」


 ティーカップをテーブルの上に戻し、グレゴリアは両手を合わせ、顎の下に置く姿勢を取る。


「『貢献度合い分配』とは、断層ヴォイド探索をビジネスとしか捉えられない三流がやる事でございます。欠片レリックはあくまでも換金用のアイテムであり、冒険者としての力量の向上や更なる難易度への挑戦など二の次。嬢、私はともかく、先生は三流に見えますか?」


「いえ」


 即答だった。


 天人の態度に圧を感じ、二の足を踏んだのではない。

 それは、ベルナの本心だった。


「……認めたくない事ではありますが、《万紫千紅カレイドスコープ》閣下以上の冒険者は国中を探してもそうはないでしょう」


 敵対していようがいまいが、嘲弄されていようがいまいが。


万紫千紅カレイドスコープ》が一流の冒険者でありリーダーである事は、ベルナは昨日の体験で身をもって理解した事実であった。


 公平にそれを認めるベルナを見て、グレゴリアは少しだけ表情を柔らかくする。


「では二つ目といきましょう、嬢。『必須者優先ニード』。これは想像つきますか?」


「……字面通りでしたら、該当ドロップを一番必要としているメンバーが持つ、という事でしょうか」


「正解です。まさにその通り。基本、『パーティーの総合力が一番向上する』やり方で行われる分配が、『必須者優先ニード』です。分かり易い例を挙げましょう」


 スイーツを乗せる皿を三つ手繰り寄せ、グレゴリアはそれらを駒のようにベルナに見せる。


「三人のパーティーがいるとします。組成はこうです。まず、敵を引き寄せ、攻撃を受ける騎士ナイト


 天人が右人差し指で、チョコ味のビスコッティを乗せている皿の前を軽く叩く。

 今日食べた奴の中で一番硬い焼き菓子だ。


「罠の看破や近距離攻撃を行う盗賊ローグ


 今度さし示されたのはシフォンケーキ。ビスコッティよりは大分柔い。


「最後、回復や解呪などを担うパーティーの生命線、僧侶クレリック


 最後の皿の上には、生クリームを入れている小鉢があった。


 なるほど。菓子の硬さで、各冒険者の耐久力を表しているのだろう。中々に分かり易い例えだ。

 騎士ナイト盗賊ローグ僧侶クレリックの順で耐久力が弱まっていくのが直感で理解できる。


「魔法によるダメージを軽減させるネックレスがドロップしました。誰が持つべきだと思いますか?」


「それは……主にダメージを受ける役割を担う騎士ナイト、ではないのですか?」


断層ヴォイド攻略に明るくない人間なら、普通そう感じるでしょう。ですが、ほとんどの場合、これは僧侶クレリックが持つべきです」


「……騎士ナイトのミスにより、後方のメンバーが事故で死亡する確率を減らす事が出来るからですか?」


 昨日、陰影グリザイユが絵を描いていた際に自分の頬を掠めた弓矢を思い出しながら、ベルナはそう答えた。


 グレゴリアは満足げな表情で、ゆっくりと頷く。


「その通り。パーティーの総合力の向上と言うのは、こういった概念です」


「なるほど。貢献度に合わせる分配が何故冒険者として三流なのかを理解出来ました。これが一流、という事ですね」


「いいえ。精々二流でございます」


 予想外な返答に、ベルナは目を白黒させる。


「違うのですか?では一流の分け方とは?」


「我々安息の地エルピスを含め、更なる極致を求める多くの大型ギルドが取る方式。その名も、『マスターコール』」


 前の二種類と違い、ベルナには『マスターコール』なる分配法の具体的なやり方が見当つかなかった。


「シンプルな話です。指導者たるギルドマスターが分配権を有し、該当欠片レリックがメンバーの誰が持つべきかを独断で決める。それだけです。下の者の意見など無視しましょう」


「えっ」


 ギルドマスター権限のあまりの横暴さに、ベルナは思わず怪訝な声を上げる。


「そ、それは……メンバーによる不平不満は、大丈夫なのですか?何故これが、『必須者優先ニード』より優れていると言えるのでしょうか?」


「ベルナ嬢。冒険者ギルドを運営する事は極めて複雑な作業です。芸術と言ってもいいでしょう。そのギルドが向かうべき目標地点、そこへ至るまでの具体的な道程、メンバーの安全と運営資金。その全てを、ビジョンを持ちながらコントロールする。それが、ギルドマスターです」


 グレゴリアは、陶酔とすら言える程の敬意を含む眼差しを、己が主である闇妖精ダークエルフの少女に向ける。


断層ヴォイドを出たら、一戦力でしかない平メンバーは気を休め、次の冒険に向けて備えればそれでいいのに対し、ギルドマスターは無限に生じてくる問題を対処し続ける必要があります。それこそ、誤解により国から派遣された監察員をどう納得させるかも含まれます」


 ベルナに目線を戻し、グレゴリアは結論を述べる。


「ギルドマスターの双肩に、メンバー全員の命が乗っています。ギルドの全体像に一番明るいマスターが欠片レリックを分配する事こそ、一冒険者ギルドのあるべき姿とは思いませんか?」


「でも、私は……」


「ベルナ嬢」


 グレゴリアの真摯な眼差しが、揺らぐベルナの瞳を捉える。


「あなたも、我々の仲間、という事です」


「そ、れは……」


立場が違う人々冒険者と貴族が、手を取り合ってはいけない規則などありはしませんよ」


 天人の熱の籠った演説を、ベルナは無言でしばらく咀嚼した。

 そしてついに、目を伏せ、ギルフィーナに向け頭を下げたのであった。


「……無知な私をお許し頂けますか?


 それを聞き、天人は喜びと安堵の表情を浮かべ、闇妖精ダークエルフは曖昧な笑みを見せた。


 いや。

 曖昧ではない。

 これは、深遠なる笑みだ。


 昨日から何度も自分の間違いを認めたベルナは、《万紫千紅カレイドスコープ》に対し、己の尺だけで推し量るのはいい加減やめるべきだと感じた。


 ◎


 衝突し、会話し、分かり合う。

 なんと美しい青春の一ページ。

 生徒の成長を喜びたい。喜んであげたい。

 よしよしと頭をわしゃわしゃしたい。


 が!


『マスターコール』ってそんなに深意があったシステムなの?!

 私だけ知らなかったの?!

 私てっきり仲のいい仲間の間の、金をあんまり気にしない感じのやつだと思っていたんだけど?!


 ヤバイ。私もしかしてギルドマスター失格?

 何でこんなに高評価なの?

 これ、金に関する事は基本、幹部の中で唯一商いの経験があるロザ君の補佐の元、ティフィが全権を握ってて、私はただ判子を押すマシーンって言ったらグーで殴られない?


 あと、あの欠片レリックをベルナちゃんにあげるという判断。

 全然、まったく、深く考えられていないんだけど。


 あの。賄賂って言われて、私さっき少しびくってなったんだけど。


 だってアレ、外科手術をする前、お医者様に現金入り菓子折りを渡すのとほぼほぼ一致する、姑息にして小市民な日本人的発想だけど。


 賄賂って言われても仕方がないって。


 グレちゃんが上手く解釈してくれてよかったぁ……

 これ、私が正直に言ったら、生徒が作ってくれたいい話がぶち壊される。本当の事なんて言えないよ……

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