11.目に見えない真実-7
「『紅の踊り子』、ですか。初耳の寓話ですね」
「……結局、全部貴ギルドのマスターの掌の上、という事になります」
「『貴』ギルドですか?今も」
「……それもそうですね。しばらくは、マスター、ですか」
湖の畔で、今日知り合ったばかりの女性二人は隣り合わせで座っていた。その目の前は焚き火がたかれている。
ベルナは今も自分を抱きしめる姿勢を取っており、その全身の衣服は焚火の隣でポージングしたまま固まっている
ちなみに、傷を受けた
なまじ自己管理が厳しい事もあり、保温用の余分の脂肪もほとんどついてないゆえ、今も若干寒さに震えている。
あと数分水に浸かっていたら、失神して大変な事になっていたかもしれない。
グレゴリアはというと、気前よくその翼の一羽を広げ、さっき咄嗟に庇った時の様にそれを毛布替わりにベルナをあたためてあげている。
暖を取りながら、ベルナは先ほどの決着を思い出す。
自分の直感は正しかった。無限に立ち上がり続ける二体のアンデッドの男女が求めるモノ。それは「正義」だった。
『紅の踊り子』とは、サライザ領という、
その前半は忠勇なる若き騎士と流浪の美しき踊り子の儚い恋物語。重要になってくるのは、悪役が登場する後半である。
この物語における悪役は、当時の領主の娘である侯爵令嬢である。令嬢は騎士に一目惚れし、彼に猛烈に求愛するが、騎士は既にその心に決めた女性が存在していると彼女のアプローチを断ってしまう。
嫉妬に狂った侯爵令嬢は従僕に騎士の心を奪った踊り子を攫らわせ、彼女を真紅の鳥籠に閉じ込めた。己の誕生日パーティーに舞踏会を開き、令嬢は騎士を含む数多くの人を招待した。
そして、宴もたけなわ。突如として侯爵府の私兵により若き騎士は取り押さえられ、衆目の前に鳥籠とその中にいる踊り子が登場する。
すると、令嬢は酷薄な笑みを浮かべ、こう述べた。
踊れ、金糸雀。この殿方を誘惑したその下賤で淫蕩な舞を披露してもらおう。
私がいいと言うまで、もし貴様の舞が止まったのであれば、騎士殿の体に数十本の槍が生える事となるだろう。
踊り子は、愛する男の目を見て、微笑みながら死ぬまで踊り狂ったとされる。両足が擦りむき、血まみれになりながらも踊り子は彼だけを見て、そして彼もまた涙しながら彼女だけを見つめ続けた。
踊り子の死後、哄笑と共に、騎士は殺される事なく放逐された。
それからは、復讐を誓った騎士が闇の深淵に身を堕とすまでの物語。最終的に、騎士は侯爵の私兵を殺し尽くせる程の強大にして邪悪な力を身につけ、彼は一人で領主との戦争に勝利し、侯爵令嬢の身柄を確保した。
愛する女を殺めた狂った女を騎士はあの時の鳥籠に入れ、湖に沈めた。令嬢が息絶えるのを確認した後、愛する者の棺と共に騎士もまた湖に身を投げ、そこで永遠の眠りについた。
一説によると、苦しみ悶えやがて水死した侯爵令嬢を騎士はそれでも許せず、令嬢の誕生日であり、踊り子の命日である日に呪いをかけた。
毎年のその日が来ると、邪悪な力によって彼ら三人は一日だけ復活し、令嬢をもう一度溺死させるとか。
「歴史上の結末は知り得ませんでしたが、騎士と踊り子が求めたのは復讐ではなく、令嬢が正しく裁かれる事でしょう」
「ベルナ嬢がこのお話を知っていたから、隠し要素が作動したのでしょうか」
「そうかもしれませんし、単純に、私は令嬢を裁ける資格を持っている人間だからかもしれません。どっちみち、《
「ふふ。先生らしい」
話しが一段落つき、二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
どういう原理でこの昔話を再現したのかは知らないし、どういう理由でこの
つまり……騎士と踊り子、そして令嬢が「本物」かどうかは、分からないのだ。
それでも、命をかけて戦った甲斐はあったとベルナは思っている。この国の正しき貴族として、騎士と踊り子の無念を晴らせたのなら、これ以上名誉な事はない。
この出来事に、《
「目に映る物がそのまま真実とは限らない。本質を探し求めよ」と。
ベルナは最初、アンデッドと囚われの姫という構図に惑わされ、本能的にモンスターであるボス達が「悪」、「倒すべき敵」と何の疑いもせず受け入れた。
もし、騎士と踊り子が無限に再生する能力を持っておらず、あっさりとグレゴリアに倒されたのであれば、彼らの嘆きはこの湖に永遠に木霊し続けるだろう。
そしてベルナは、そんな悲劇を察知する事すらできず、ただ
《
その判断を下すため、このギルドの本質をベルナは知る必要がある。
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