10.目に見えない真実-6

「気を緩めないでください!まだ終わってません!」


 苛烈な攻勢に気圧されたベルナを、グレゴリアは頭を振り返る事なく注意する。

 その言葉の通り、グレゴリアが攻撃を停止すると、瞬く間にアンデッド二匹は元通りに回復し、戦闘態勢を取る。


「私がいいと、言うまで、そこから、動かない!」


 再生するそばから、流れ星が如く飛翔するメイスがそれらをまだ容赦なくバラす。


 一見グレゴリアの優勢は揺るがず、アンデッド共は彼女に攻撃を浴びせるどころか、未だ一度もあの雨あられの様な猛攻を防御する事も躱す事もできずにいる。

 絵面だけなら、アンデッドの方がむしろリンチされているように見えるが、そんな悠長に笑っている場合ではない。


 いくらグレゴリアが強かろうと、彼女は生身だ。スタミナも、精神力も、注意力も、膨大だろうが無限という訳にはいかない。このままもしアンデッド共が無限に復活するのであれば、いずれ《戦争詩人ワーバード》と言えどジリ貧になる。


 打開する方法を、考える必要があるのだ。ここで初めて、ベルナは己の役割を慎重に考え出す。


 黒騎士が開戦と共に言い放った言葉がどうしても気になる。


 怨嗟や害意を表す言葉として、「正しき審判を」とは言わないだろう。


 モンスターが言葉でコミュニケーションを取ろうとするシチュエーションがどれ程レアかは分からないけど、暴力以外の解決法が存在する示唆になっているのではないか?


 隠し要素が出た原因を考えろ、ベルナ・グイドニス。


 レベル6の断層に、冒険者じゃない人間が入る確率は限りなく低い。貴族であるベルナがここにいるから、ボス戦が変化したと仮定する事もできるだろう。鳥籠の中の少女もまた、古くから伝われるアドヴァンス冒険者の国の貴族衣装を着ているのだ。


 共通点を見つけた。もっと連想しろ。あなたのために今戦っている人間がいるのだぞ。人の上に立つ貴族として生を受けた女が、守られるばかりでいいはずがあるまい。


「騎士、踊り子、貴族、鳥籠、湖、審判……あっ」


 ベルナの脳裏に、出発前の《万紫千紅カレイドスコープ》の気になる言葉が蘇る。


「踊っておいて」と、かのギルドマスターが口にした。


 前後文からしておかしな発言だったが、それによりベルナは真相に辿り着いた確信を得た。


 昔父から聞かされた古い言い伝えがある。

 悪辣な貴族は民にどう思われ、そしてどういう結末を迎えたか、そんな啓蒙的なベッドタイムストーリー。


「紅の踊り子」。


 ベルナの手足が震え出す。これだ。この断層を攻略する鍵は間違いなく自分である。知ったからには動けずにはいられない性だ。


 だが、解決に向かうという事は……「あの中に」飛び込むのと同義である。


 ベルナはもう一度、鋼の暴風と化しているグレゴリアとアンデッド二体が織りなす死の舞踏を凝視する。


 無理だ。ミキサーの中に自ら入るのと何が違うのだろうか。


 まだ地団駄を踏みそうになる足を堪えると、ベルナは自分の命令を待ち続けているかのように陰影グリザイユがずっとこちらを向いている事に気付く。

 

 仮面の後ろに存在しているかも分からない、彼らの目と合ってしまった気がした。


「もうっ!分かったわよ!お前達、何があっても私を守って頂戴!」


「んごごごごごごごッ!」


 灰色の巨体を震わし、魔像ゴーレム達は今度こそふざける事なく、ベルナの気合に応えた。


 震えは止まった。


「グレゴリアさん!行きます!信じて!」


「何を?!」


 グレゴリアに声を掛けた後、鳥籠に近い方の岸辺からベルナは助走をつけ湖に飛び込む。

 凍てつく寒さに心臓が一瞬止まりそうになるも、ベルナは必死に腕を前へと伸ばし続ける。


 アンデッド達の動きは一瞬止まった後、即座に標的を鳥籠に向けて全力で泳ぐベルナに変更した。

 驚きの声を上げたグレゴリアであったが、ベルナの行動を否定する事なくボス二体に追いつき、ベルナの反対方向へと打ち出し、彼女に近付かせないよう間で立ち塞がる。


 鳥籠に手が届きそうな位置まで泳げたその時。メイスに吹き飛ばされた黒騎士はグレゴリアと十メートルも離れた場所に留まり、再生を行った。体が八割元通りになった瞬間、その姿は大きくぶれ、消失する。


影潜行シャドーダイブ……?!危ないッ!」


 湖面に映し出されているベルナの影から飛び出すかのように、黒騎士がもう一度姿を現す。いくら素早く飛べるだろうとグレゴリアの位置からでは届かない。


「んん!ごぉッ!」


 ベルナに随従するように平泳ぎしていた陰影グリザイユ一号がそのたくましい両足でパシャと力一杯水を蹴り、その推力で飛び上がり黒騎士へとタックルする。


 振り下ろされたクレイモアは陰影グリザイユ一号の右腕に吸い込まれるように入っていく。力む事で抵抗し、魔像ゴーレムの右腕は半分落とされた感じになっているが、刃は筋肉に挟まって一時抜ける事ができないようだ。


「よくやった!」と心の中で一号の忠義を褒め称え、ベルナは加速し、鳥籠へとへばりつく。


「アドヴァンス国大公、アルベルト・グイドニスが四女、ベルナ・グイドニスの名において、ここに簡易法廷を開く事を宣言する!」


 その瞬間、断層を包み込む全ての黒い靄は、突風に吹かれたように霧散した。

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