12.目に見えない真実-8

「グレゴリアさんは……」


「?」


 言葉を選びながら口を開くベルナを、グレゴリアは静かに眺めた。


「グレゴリアさんは、何故冒険者になったのですか?」


 冒険者の断層ヴォイド探索は過酷だ。

 グレゴリアが見せていた反応から判断すると、戦闘狂という事でもなかろう。

 それなのに、あの圧倒的な戦闘能力。

 あそこまでの力を培うために経てきた死地と血の滲む鍛錬が窺い知れる。


「やはり、《万紫千紅カレイドスコープ》の……ギルフィーナさんのため、ですか?」


 その名を聞いて、グレゴリアは少し目を細め、小さく笑った。


「先生がどんな人なのか、知りたいのですか?」


「ええ。《万紫千紅カレイドスコープ》をこよなく愛する人からの意見も、私は聞く必要があると感じましたので」


 投げ出していた両足を戻し、グレゴリアは膝を抱える座り方に変える。ベルナは催促する事なく、ただ天人に平静な視線を向けていた。


 やがて、グレゴリアはゆっくりとした動きで、ずっと付けていた右半分の顔を隠す仮面を外した。


 ベルナは一瞬、息が詰まる。


 白い仮面の下にあったのは、惨たらしい火傷の跡だった。


 何かの爆発痕の様に見える。右目は無事のようだが、天人の美貌が輝かしい程、ベルナの目にはその傷がまた更に痛々しく映った。


「色々ありましてね。これは、当初そういう呪いが込められた攻撃でしたので、治癒魔法でも傷跡だけは治せないのです」


「グレ……ゴリアさん」


「私の祖国、イローランゼ教団の国の宗教はご存知?」


「確か、美しい物を崇拝する、とか」


「その通りです。もっと詳しく言えば、教義に人間の善悪は大きくその見た目に現れるとも書かれています」


 ベルナは言葉を返せなかった。今日の教訓と照らし合わせ、その教義は余りにもバカバカしく聞こえる。


「バカらしいでしょう。一番バカらしいのは、この様な顔になり、教皇庁に捨てられるまで教義を信じて疑わなかった私です」


 長い吐息をし、グレゴリアは語り続ける。


「異端審問隊の隊長……まあ、エリート軍人でした。職業ジョブ吟遊詩人バードではなく、異端審問官インクイジター。今考えると、頭のおかしい宗教のために何人手にかけたのでしょうね。顔の傷跡一つでゴミの様に捨てられても返済しきれないカルマは確実に積んでいたのでしょう」


「それは、そういう国の生まれでしたし、グレゴリアさんは天人です」


「お優しいのね」


 ふふっとグレゴリアは笑い声を小さく漏らす。


「国に捨てられた、元異端審問官インクイジター。私に復讐したい――そして、私に復讐する権利のある人に追われる日々は容易に想像できるでしょう。ファデラビムに流れついた後も楽になりたい毎日でしたが、戦いの中で失った戦友の面影が諦める事さえも許してくれません」


 告死女妖バンシー特殊技能スキルのせいとは言え、さっき直々に自殺願望のおぞましさを体験したベルナはその苦痛の一端を理解しているつもりでいる。


 グレゴリアが今でも笑っていられるのは、一人の闇妖精ダークエルフの少女のおかげだろう。


「そこで、《万紫千紅カレイドスコープ》の登場ですね」


「その通り。先生は……新しい生き方を教えてくれました。真の美しさは外側には存在せず、ここにいると教えてくれました。心と体、両方を救ってくれました」


 左胸を手で押さえ、グレゴリアは遠い目で師との出会いを思い返す。


「『グレちゃんはスーパーかわいいのでアイドルをやるべき』、ですって。私のこの人殺しの目を見つめながら。本当、笑いが込み上げる程に能天気な人」


「まさかそのために吟遊詩人バードに?」


「そのまさかですよ。歌って踊れて戦える、冒険者アイドルです」


 あざといウィンクを、グレゴリアはあえて右目でした。悔しくもあるが、傷跡など関係なく、それはとても可愛らしかった。


「さてと。そろそろ帰りましょうか。隠し要素が出たから財務諸表の審査にはなり得ませんでしたが、お互い得る事はあったでしょう。――あら」


 グレゴリアの翼を戻そうとする動きに対し、ベルナは温もりを手放したくなく、反射的に羽根に抱き着いた。

 

 自分のした事を認識し慌てて手を離すも、既にグレゴリアの顔にあの嗜虐的な笑みが戻ってきた。


「ごめんなさい。アイドルはみんなのモノであり、私という個人は先生のモノであるためベルナ嬢の思いにはお答えしかねます」


「……黙ってて」


 羽毛だから最初は布団的な感覚をしていたが、よく考えたらこれ体の一部だった。つもり、仮にも立場上対立していた被監察ギルドのメンバーに、こう、抱きしめられていたって事だ。しかも裸だ。


 公平性を維持すべくこの件から降りた方がいいのではと、真っ赤な顔で膝に顔をうずめながらベルナは考えてしまった。

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