4.新入社員歓迎ツアー-4
「こちらを見ていただきたいのです、グイドニスさん!」
「ふん。今更そんな……これは、財務……諸表?」
《
そこには、《
有名な例として、
この財務諸表の情報としての価値を考慮せずとも、ここに書かれている内容から《
これは、メンバーの安全にも関わってくるクリティカルな情報のはず。何故、《
勿論、ベルナは貴族の誇りに賭けて、情報を他人に漏らすつもりはない。《
それでも、《
……可能性は低いが、ベルナや、彼女が代表する国に対して敬意と誠実さをアピールしているのか?
いや……もしかして……《
だとすると……恐ろしく交渉上手である。
確かに、相手が国だろうと、組織を運営する身として一番大事なのはいかに舐められない事だ。それが全てと言っても過言ではない。
一度交渉の場で負けを認めると、次から次へと不当な取引や要求が吹っ掛けられる。我慢の限界を、譲歩の可能性を……無限に探られる。
そうすれば組織は、終わりだ。
ベルナにも、身に覚えはある。
大公家令嬢である彼女は、現に麻薬取引でのし上がり、「カルテル貴族」と陰で言われてもむしろ誇らしげにしている厚顔無恥な婚約者がいる。グイドニス大公家が他の貴族派閥に交渉の卓で負け続けた結果の一つだ。
ベルナを一度怒らせ、落としてから……持ち上げる。その間に、栄えある歴史を誇りながら、今や落ち目の貴族である彼女の心の柔らかい部分を、言葉に出さずに刺激する手腕。
なるほど。流石と言わざるを得ない。
これが……高レベル冒険者。
これが……あの、《
「そ、そうですか。《
ベルナの言葉は、目の前の文書の量を見て尻すぼみになる。
《
余りにも多すぎる。これらの情報の真偽を判定するのは、ベルナ一人では不可能に近い。
やはり《
「あ、グイドニスさん!冒険者管理局からの転属書はありますか?」
「え、ええ。ここにありますが」
「うむうむ、ささっと、はい」
「……?《
「これでグイドニスさんは我が《
「!」
《
こういう公式文書には、魔法がかけられている。サインと同時に、管理局側には文書の副本が同時に作成される。《
ならば、簡単に説明すると、このサインは冒険者としての名声と尊厳を賭して、実際にベルナの安全を保障する声明でもあるのだ。
ファデラビムという危険な地で、その声明がベルナにとっていかに価値ある物なのかバカでもわかる。
もし《
そしてこれを数回繰り返せば、誰も派遣されて来なくなるでしょう。
正直、ベルナも最悪そうなると踏んでいた。
《
いや。
それは既に、考えうる最上の結果だ。
ベルナは鼓動が早まるのを感じる。吊り橋効果と言う奴だ。
さっきまであれほど憎たらしく見えた《
衣装は完全にふざけているけど。
「あ、ありがとうござい――」
「そうそう、それでね、グイドニスさん」
「は、はい。ベルナで大丈夫ですよ。これで《
「そう?その方がいいならそうするね。私の事も呼び捨……は気まずいか。しばらくはマスターか、ギルフィーナさんとか、好きな呼び方でいいよ。閣下はちょっとむず痒いね」
「は、はい」
「それでね、ベルナちゃんの仕事内容の話になるんだけど。多分もう読めてるよね」
「はい。元から私もそのつもりです」
基本的に、冒険者管理局から発遣される貴族は該当ギルドで受付嬢をするのが習わしである。ベルナも、上手く行ったのであればそのつもりだった。
が。
「そっか!良かったぁ!いやぁ、ベルナちゃん勇気あるね!やっぱり貴族の方って世間を知っている分肝が据わっているね」
「それは、どういう……?」
「うんうん、やっぱりさ、私が心血注いでかき集めたこの資料がデタラメじゃないって確認してくれる作業って大事だよね!」
「そ、れは……そう、ですね?」
「だからベルナちゃんには
「……はい?」
「大丈夫大丈夫、護衛としてうちの自慢の子が随伴するよう言っておくから。経験値も入るしお得!何なら私がお気に入りのやつをピックアップしてあげる!これとか!」
「ん?いやいや。え?」
《
……国でも屈指な、冒険者ギルドが踏破した、
「あの、これ、『初見死亡率42%』って書いて――」
「グレちゃーん!」
「はい、先生」
ずっとそこにいたかのようなタイミングで、《
「今日からベルナちゃんがうちの子として働くから、仲良くしてあげてね!」
「ええ、勿論です、先生。それはもう、仲良く」
明らかに含みがある《
「初仕事は財務諸表の確認なんだけど、ベルナちゃんを連れて
「お安い御用です、先生。ビナーから
「もちろんだよ。楽しく踊っておいて!」
「おどっ……?いえ。ありがとうございます。さ、グイドニス嬢。参りますよ」
《
「
「……は?」
万力のようにベルナの二の腕を掴み、彼女を連行する《
ベルナはタイツを履って来た事をとても後悔した。タイツは水跡がとても目立つのである。
◎
「いやぁ、上手くいったぁ――」
ベルナちゃん達の退室後、ようやく肩の力が抜けた私はふかふかの椅子の上でぐったりとしていた。
「……そ」
相変わらず素っ気ない妹の返事も気にならない程の、中々に良好なファーストコンタクトではないだろうか。
「後半何を言ったのか緊張でよく覚えてないけど、このギルドの清廉潔白さを証明する決心と協力的な態度はきっと伝わったと思う!」
「……………ん。良かったね」
複雑そうな表情をする妹であった。何が不満だろう。
あっ。
「そんな拗ねないで!新しい仲間ができたからって、私はいつまでもティフィの事が一番大好きだよ!」
「……そんな事言ってないし聞いてない。パンチされたいの?」
「あはは。ティフィの猫パンチは柔らかくてかわいいからいいよ!」
「次は別フォームでのパンチを所望しているというのね」
「ごめんなさい」
素直に謝る私でした。
「……フィーナ。開発中のアレ、貸し出して本当に大丈夫?」
「……うん?あ、あれね!」
妹が言っているのは多分、借りていいのかとグレちゃんが聞いた「
たしか、うちの実験大好きっ子のビナーちゃんが開発した新型の
グレちゃん、新しいお友達の前で張り切ってるね!早速ライブを開く予定を立てている!
やっぱアイドルのグレちゃんにはバックダンサーがいないとね!
生徒が積極性を見せるのはいつだっていい事だなー
「あれは大丈夫だよ!いいな、グレちゃんのライブ。新曲とか歌うのかなぁ」
「……そんな能天気な展開になるといいね」
額を手で覆う妹であった。心配性だなぁと私はシンプルに思った。
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