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「ニセ女神をご存じない? ニセ女神とはですね、言ってしまえば女神の成り損ないのような……ニセ神通力を持ってはいますが、人々を導いたりはしない……そんな感じのやつです。分かります?」

 全然分からん。

 が、その登場の仕方や存在感から、少なくとも、こいつが只の人間でないということだけは分かった。

「まあ、私の話はいいのです。そんなことより」

 ニセ女神が、ずずいと詰めよってくる。近い。

「あなた今、ここから飛び降りて死のうとしていたでしょう。おやめなさい。私はそれを止めに来たのです」


 不意の来訪者に面食らって放心気味であった僕は、その言葉で我に返る。

 要するにこいつは、自殺の邪魔をしにきた訳だ。

 冗談じゃない。

 ニセ女神だか伊達メガネだか知らないが、どんな存在であれ、いきなり現れた事情も何も知らない奴に、邪魔をされる筋合いはない。

 といったことを、毅然とした態度で発言しようとしたところ――

「あ、ええと。そういうのは間に合ってます。急いでますので僕はこれで」

 こうなった。


 しかし、ニセ女神がガッチリと僕の腕を掴み、飛び降りを事前に阻止。

 なんというパワーとスピードだ。

「待った待った待った待った。そんなに死に急ぐことはないじゃないですか。あなた、さてはあれでしょう。私のこと、上から目線で哀れな子羊に説教を垂れる、高慢ちきな女神と同類だと思っているのでしょう。違いますよ。断じて違う。なぜなら私はニセ女神だから。私があなたを止める動機は、そういうのではなく……」

「ではなく?」


 真っ直ぐな、曇りない瞳を僕に向け、ニセ女神は語る。

「実は、仲間内で賭けをしていまして。私、あなたが死なないほうに、なけなしの五万円を賭けているのです。もう後が無いのです。絶対に負けられない戦いなのです。だから死なないでください」

「…………」

 最低な動機だった。


「まあ、こうして出会ったのも何かの縁と思って。まずはゆっくりお話でもしようじゃありませんか」とニセ女神。

 いや、こちらとしてはお話など全くしたくないのだが。

 そのことは、もう言わずとも分かると思うのだが。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ニセ女神は、持参したビニール袋からおもむろに発泡酒の缶を二本取り出すと、そのうちの一本を僕に差し出しつつ、良い笑顔でこう言った。

「ね?」


「ね?」じゃねえよ。

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