第18話 呪い

 呪い。

 それは人の体を蝕む闇の魔法だ。


 人間の中にもそれを使う人はいて、その人たちは『呪術師』と呼ばれる。

 呪いを付与する呪術は珍しい魔法だから、滅多にお目にかかることはない。僕も他人が作った呪いを見るのは初めてだ。


 あの魔法陣の形から察するに、あれは『痛み』の呪いだ。スノウさんには常に全身に痛みが走っている状態だと思う。それなのにそれを表に出さないなんて凄い精神力だ。


 人間では使用者の少ない呪いだけど、魔族の中にはそれを好んで使う人が多いと聞いたことがある。スノウさんはそいつらにやられてしまったんだ。


「私の生まれ育った村は、魔族の手によって滅んだ。奴らは私の家族を手にかけたばかりか、まだ子どもだった私にこの呪いをかけた……深い意味はない、ただの遊びで」

「そんな……」


 あまりにも酷すぎる。

 そんなことに魔法を使うなんて許せない。


「私は全身に絶えず襲いかかる痛みに耐えながら魔法を覚えて、遂に私に呪いをかけた魔族を倒すことが出来た。だけど……呪いが解けることはなかった。私に出来ることはこれ以上魔族の犠牲者を増やさないことだけ」


 スノウさんは凍てつくような目を僕に向け、杖を構える。

 呪いの中には術者を倒すことで解けるものもあるけど、彼女にかかったものは違ったみたいだ。


 自分の呪いが解けないことが分かったのに、絶望せず他の人を助けようとするなんてこの人は本当に優しい人なんだ。その優しさが暴走して僕を敵視してしてまっているんだけど……。

 出来れば戦いたくない。なんとか誤解を解けないかな?


「あの、確かに僕は魔力が高いですけど、それだけで魔族と決めるのは早計なんじゃ……」

「お前からは魔族に似た魔力を感じる。いくら誤魔化しても無駄です」


 魔族に似た魔力と聞いて僕は首を傾げる。

 しかし少し考えてそれの正体に思いつく。


「あ」


 それは僕と契約している悪魔、アスタロトのことだ。

 アスタロトは呼び出すと僕にベタベタとくっついてくる。彼女の魔力がこびりついていても不思議じゃない。魔族は悪魔の子孫だから魔力は似ているはずだしね。


 だけどそれがわかった所で弁明のしようがない。実は悪魔と契約していて、その魔力がついてしまっただけなんです、と言ったところで信じてもらえないだろうからね。


「話は終わりです。魔族は絶対に私が……倒す!」


 スノウさんは魔力を握った杖に集約させる。

 すごい魔力だ。呪いのせいで魔力を動かす度に体に強い痛みが走るはずなのに、なんて強いんだ。


二重詠奏ツインテット氷結針柱アイスニードル!」


 スノウさんがそう叫ぶと、空中にいくつもの氷柱つららが出現する。

 そのどれもが大きくて、先端が鋭く尖っている。あんなのが直撃したら痛いじゃ済まないだろう。


「絶対に……倒す……」


 魔法を発動したスノウさんは、そう言いながらその場に膝をつく。

 その表情は見るからに辛そうだ。大量に魔力を消費したことと、呪いによる痛みで立っていることすら出来なくなっちゃったんだ。

 これは……かなり危険そうだね。


「うく……つ……ああっ!」


 呪いの魔法陣が黒く光を放ち、スノウさんは絶叫する。

 すると空中に現れた氷柱つららがなんとスノウさんの方に落下した。痛みのせいで魔法のコントロールが狂っちゃったんだ。このままじゃマズい……!


飛行フライ!」


 僕は魔法で体を浮かすと、急いでスノウさんのもとに飛行する。

 そして飛びながら集中、魔法を発動させる。


「黒魔法……天蓋てんがい!」


 空を覆うようにして現れたのは、黒い天蓋ドーム

 それは落ちてくる氷柱つららをすべて受け止め、一瞬にして消滅させる。これなら大丈夫そうだ。


「スノウさん、大丈夫ですか!?」

「う、うう……」


 体を丸め、痛そうに苦しむスノウさん。

 回復魔法を……と思ったけど、呪いは魔力や魔法に反応する。もしかしたら悪化する可能性すらあった。


「僕がなんとかするしかない……!」


 僕は呪いを解くため、彼女の体に刻み込まれた魔法陣に触れるのだった。

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