第12話 魔法無力化《ディスペル》

「ぐ、う……!」


 得体の知れない相手を前に、ジャックは尻込みする。

 そんな彼にウィルはゆっくりと近づく。


「あの、大丈夫ですか?」


 ウィルは本当に心配しているだけなのだが、ジャックはその行為がとても恐ろしいものに感じた。これ以上近づいたら殺られる。そう思った彼はがむしゃらに魔法を発動する。


「く、来るな! 火炎球ファイアボール!」


 一気に五つの火の玉を生み出したジャックは、それをウィルめがけ放つ。

 一度にこれだけの魔法を扱える生徒は、そうはいない。ジャックは紛れもなく才能がある生徒であった。


 そう、確かに才能はあるのだ。

 一般的な目線で見れば、だが。


「わっ! 魔盾シールド!」


 ウィルは小さな魔法の盾を出現させると、それを器用に動かし火の玉を次々と防いでしまう。


「な、なんで火炎球ファイアボール魔盾シールドなんかに……!」


 ジャックは驚愕する。

 魔盾シールドは一番弱い防御魔法。普通であれば火炎球ファイアボールを一発受け止めれば砕けてしまうだろう。

 しかしウィルの生み出したその盾は、壊れるどころかヒビ一つ入っていない。


 その事実は両者の間に天と地ほどの力量差があることを示していた。


「そんなことが……あってたまるか!」


 ジャックは再び火の玉や火の矢を生み出し、次々とウィルめがけ放つ。

 しかし彼の渾身の攻撃は、ウィルの使用する初級魔法に簡単に無効化されてしまう。角度、速度、そして弾道。手を変え品を変え攻撃するが、全て通用しない。しかしそれでもジャックは諦めなかった。

 額から大量に汗を流し、肩で息をするようになっても魔法を発動することをやめなかった。


「ぜえ、ぜえ……」


 魔力切れにより倒れそうになる寸前、ジャックは遂にウィルの隙を発見する。

 ウィルは盾を一枚しか展開していない。そして背後の攻撃には少しだけ反応が遅れる。ならば前方に攻撃を集中させ、そちらの対処に追われている間に背後から致命の一撃をお見舞いすればいい。


「はああああ! 火炎球ファイアボール!」


 ジャックは大量の火の玉を出現させ、ウィルに正面からぶつける。

 するとウィルは展開した盾を高速で動かし、的確にそれらを防御する。


 しかしそれらの火の玉は魔力を込めていない陽動ブラフ

 本命となる火の玉は、ウィルの背後に既に存在していた。外れたかに見えた一発の火の玉を背後に留めていたのだ。


(これで終わりだ……!)


 これが本気の魔法を当ててはいけない簡易決闘だということはすっかり忘れ、渾身の魔法をウィルの背中に放つジャック。

 観戦している生徒たちは勝負あったとどよめく。


 しかしそんな中でもエマだけは余裕の表情を崩さない。

 己が尊敬し、敬愛してやまない師がこんな子どもの立てた策に後れを取ることはないと分かっていた。


 すぐ後方まで迫る火球。

 完全に視界外からの攻撃であったが、ウィルは外を出歩く時は常に身の回りの魔力探知を欠かしていない。当然その攻撃も全て視えていた。


「……えいっ」


 ウィルは前方に盾を展開したまま、左手を背後にかざす。

 するとその左手に触れた火球は「ぽす」と音を立てて消滅してしまう。


 ウィルが魔法を使ったようには見えない。それなのに魔法は跡形もなく消えてしまった。突然の出来事に観戦していた生徒たちはどよめく。


「お、おい。どうなっているんだ?」

「今のってまさか『魔法無力化ディスペル』じゃないの?」

「いや、そんなの実戦で使える魔法使いなんていないだろ!」


 彼らが話す『魔法無力化ディスペル』とは、一流の魔法使いのみが使える高等技術である。

 相手の使用した魔法の真逆の属性、波長の魔力をぶつけることによって相手の魔法を文字通り『無力化』してしまう技である。


 その技を使うには魔法に対する深い理解、緻密な魔力コントロールが求められる。結界などを解く時に使われる技術ではあるが、それを行う時は長い時間をかけて行われる。

 とてもではないが実戦の刹那の時間で扱える者などいない。

 生徒たちも本でその技術の存在を知るだけで、見るのは初めて。それが本当にあの『魔法無力化ディスペル』なのかと混乱する。


 しかし実際に無力化されたジャックは、その技が本物であると分かった。

 そして目の前の少年が自分よりずっと上の実力の持ち主であるということもまた、痛感していた。


 彼は湧き上がる悔しさをぐっと堪えると、その場に膝をつく。

 そして「え? え?」と困惑する少年に頭を垂れた。


「……参りました。俺の……負けです」


 自分の敗北を認めるジャック。

 それを見た生徒たちは歓声を上げる。勝負の内容を完全には理解できなかったが、彼らも自分が凄いものを見たということは分かった。

 エマもその様子を腕を組みながら満足気に見る。


「え、え、どうなってるの?」


 そんな中、なんで敗北を認めたのかわかっていないウィルだけは、困惑したまま生徒たちに囲まれるのだった。

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