第11話 簡易決闘

「うう、なんで僕がこんな目に……」


 べそをかきながら決闘場に発つのは、突然連れてこられた教え手のウィル。

 そんな彼を見ながら、魔術師ギルドに所属する男子生徒ジャック・ウィーバーは心の中で悪態をつく。


(こんなガキが俺たちの教え手だって? 冗談じゃない。俺はこんなことをするために帝都に来たわけじゃない……!)


 ジャックは帝国のとある都市出身だ。

 魔法の才能を持っていた彼は、その都市の子どもたち相手に一回も負けたことはなく『神童』扱いされていた。

 そんな彼が魔術師ギルドに入るのは当然の流れだった。


 意気揚々と帝都にやって来たジャック。しかし彼はそこで自分が井の中の蛙であったことを思い知る。


 それはエマの存在だ。

 彼女の才能は凄まじく、ジャックはいくら努力しても彼女に追いつけなかった。彼はとてもむかついたが、同時にエマのことを認めてもいた。

 だからこそ今回の事件は許せなかった。


 綺麗な身なりに整った顔。ジャックの目から見たウィルは、いいとこの貴族ボンボンだ。

 エマは小遣い稼ぎのために貴族の坊っちゃんの面倒を見ているんだ。ジャックはそう思ったのだ。


 許せない。お前はそんな下らないことをする奴じゃないと思っていた。

 ジャックの心は怒りで満ち溢れていた。


「それじゃあ簡易決闘を始めますね。勝負は一本勝負、先に相手に魔法を当てた方の勝ちです。相手に大きな怪我を負わせるような魔法の使用は避けてください」

「わ、わかりました」

「……ああ」


 審判を務めるエマの言葉に、ウィルとジャックは返事をする。

 他の生徒たちは決闘場の周りに集まり、その様子を興味深そうに見ている。このようなイベントは珍しい。生徒たちはワクワクしていた。


「何が狙いかは知らないが、一瞬で終わらせてやるよ」

「お、お手柔らかにお願いします」


 決闘する二人は所定の位置に立ち、向かい合う。

 全身から魔力を放つジャックとは対象的に、ウィルからは魔力を一切感じない。生徒たちは本当に彼は魔法を使えるのか? と疑問に持つ。


「それでは簡易決闘……始めっ!」


 エマが決闘開始を告げた瞬間、ジャックは動く。

 漲る魔力を右手に集約させて、魔法を発動する。


火炎魔矢ファイアアロー!」


 彼の右手の先に、燃え盛る火の矢が出現する。

 魔法の大きさ、構築速度、どれを取っても大人の魔法使いに引けを取らない。ここまで上手く魔法を使えるのは、生徒たちでもそうはいない。


「ここはお前の来る場所じゃないんだよ!」


 ジャックは生み出した火の矢を発射する。

 するとウィルは「わわ!?」とその矢を横に跳んで回避する。


(あの矢を躱した!? 反射神経だけはいいみたいだな。だが……)


 ジャックは慌てず、右の人差し指をくい、と手前に動かす。

 すると火の矢は空中で転回し方向を変える。そして今度はウィルの背中めがけ猛スピードで発射される。


 魔法の軌道を途中で変えるのは高等技術、見学している生徒たちは驚く。しかし次に起きた出来事は、生徒たちを更に驚愕させた。


魔防壁ウォール


 そう短く呟いたのは、ウィルだった。

 すると一瞬にしてウィルの背後に小さな魔法の防壁が展開され、火の矢を完全に受け止め、破壊してしまう。

 その防壁の展開速度は一秒にも満たない。それにもかかわらず完成度、構築位置ともに完璧であった。


 神業。そう形容するしかなかった。

 ジャックと生徒たちが見る目を疑う中、エマだけは得意げに笑みを浮かべる。


 ウィルは生み出した防壁を解除すると、一歩ジャックのもとに近づく。

 するとジャックは無意識的に後退してしまう。恐ろしい何かを少年から感じ取ったのだ。


魔弾バレット


 呟くウィルの前方に、魔法の弾丸が生成される。

 恐ろしく早いスピードで生成されるそれを見て、ジャックは汗を流しながら「魔防壁ウォール」と叫び魔法を発動する。


 すると次の瞬間、ウィルの弾丸は発射されジャックの防壁に激突する。

 必死に魔力を込め、弾丸を受け止めようとするジャックだが、その威力は凄まじく防壁にヒビが入り始める。


「な、なんだこの威力は……!?」


 次の瞬間、ジャックの作った防壁はバリン! と音を立てて砕け散る。

 その衝撃で吹き飛ばされたジャックは地面を転がる。衝撃で肺から空気が抜け、軽い呼吸を困難に陥る。


 しかしエマは決闘の終了を宣言しなかった。

 魔法はまだ命中していない。決闘の終了は魔法を当てないと成立しないのだ。


「さすがエマのお友達だ。魔法が上手いですね」


 ウィルは感心したように言いながら、きつく締めている魔力の栓を少し緩める。

 彼から滲み出る底知れない魔力に生徒たちは息を飲む。


「い、いったい何者なんだこいつは……!」


 起き上がりながらウィルを見据えるジャック。

 その目に最初会ったあざけりの色はもうどこにもなかった。

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