第二章 皇子、教え手となる
第1話 弟子、襲来
魔族との戦いの後、僕はいつも通り平和な引きこもりライフを送っていた。
夜出歩いてたこともルナにバレてなかったし、全部順調だ。
そう思っていたんだけど……
「ウィル様。お手紙が届きました」
「え、また?」
最近何度聞いたかわからないルナのその報告に僕は嫌な顔をする。
僕がここに住んでいるのを知っている人物は少ない。必然的に誰が送ってきているのかは分かる。
「送ってきた人って父上だよね?」
「はい。たまには帰ってきて顔を見せてくれ……だそうです」
「はあ……」
僕は深くため息をつく。
この森の中に住み始めてから二年間、僕は一回も帝都に帰っていない。
そのせいか最近父上から結構な頻度で手紙が届く。
いや、皇子がこんな森の中にずっと引きこもっているのがよくないのは僕でも分かる。安否確認だけでもしたいんだろう。
でもあまりにもここでの生活が快適すぎて帰りたくない。もしまた帝都で暮らすことになっちゃったら目も当てられない。
「……いつも通り適当に誤魔化しておいて」
「かしこまりました」
僕はまだ問題を先送りしてしまう。
この手もいつまで続くか分からない。何か手を考えないとなあ……と思っていると、突然家の扉がコンコンとノックされる。
「ん? 誰だろう」
僕の家を訪れる人は少ない。
たまに手紙が届くくらいしか人はやってこないんだけど、手紙はさっき届いたから違うだろう。
「私が出ます」
ルナが少し警戒した様子で扉に向かう。
危ないことはないと思うけど、一応僕も警戒しておく。もしかしたらこの前の魔族の人の仲間が復讐に来た可能性もあるからね。
ドキドキしながら玄関を見る僕。
ルナが扉を開けて外にいる人物を招く。
「はい、どなたでしょうか」
「あ、えと、少しよろしいでしょうか!」
扉の先にいたのは、肩まで伸びた赤い髪が特徴的な、十五歳くらいの女の人だった。
人当たりの良さそうな人だ。とても悪い人には見えない。角も生えてないから魔族でもなさそうだ。
「貴女は……?」
「私はエマと言います! ここにいる方に用があって参りました!」
エマと名乗った人に、僕は見覚えがなかった。
ここにいる人に用があると言ってるけど、この家には僕とルナしかいない。いったい誰に用があるんだろう?
「えーと……」
エマさんは家の中をきょろきょろと見回す。
でもいくら探してもお目当ての人物はいないと思うな……と考えていると、彼女の目が僕にピタリと止まった。
「あ、どうも……」
そう会釈すると、エマさんの顔がパッと明るくなる。
ん? と思っていると彼女はルナの横を通ってダッシュで僕のもとに駆けてくる。
「見つけました師匠! 会いたかったです!」
「へ?」
そして僕のことを全力で抱きしめてくる。
僕の顔は彼女の立派な胸に埋められる形になってしまう。ぐむむ、息ができない。
「ずっと探していたんですよ師匠! まさかこんなに若くて可愛らしいお方だとは想いませんでした!」
「ちょ、やめ」
エマさんは僕を胸から解放すると、今度は僕の顔に頬ずりしてくる。
ルナやアスタロトから過剰なスキンシップを受けることはあるけど、初めて会う人にこんなことをされるのはとても恥ずかしい。
僕は抜け出そうとするけど、エマさんの束縛は激しくて中々抜け出せない。
どうしようかと困っていると、ルナが恐ろしい気配をまとわせながら僕たちのもとにやって来る。
「……ウィル様に何をやっているのですか」
そう言ってルナはエマさんを力づくで引き剥がす。
ふう、やっと解放された。
「す、すみません。感極まってしまってつい……」
我に戻ったのか、エマさんは謝ってくる。
だけど僕のことを見てはまだそわそわしている。いつでも隙を見せたら襲いかかってきそうだ。僕は身の危険を感じる。
「えーと、エマさん。だったよね? 僕は貴女と出会った覚えはないのですが……」
「はい! 師匠と会うのは初めてです。喋り方から若いのかなーと思っていたんですが、こんなに若いとは思いませんでした。びっくりです!」
いまいち話が噛み合わない。
会ったことがないのに知り合いになれる方法なんて……あ、ひとつだけあった。
「もしかしてエマってあの『エマ』?」
「はい! そのエマです!」
まさかそんなことが……と僕は驚愕する。
確かにそれなら辻褄が合う。
一人で納得していると、何が起きているのか分からないルナが尋ねてくる。
「ウィル様、いったいどういうことですか?」
「ああ、説明するね。ルナは知っていると思うけど、僕は魔力の通信網『
大陸中の魔法使いが
彼らはネットを管理している僕のことを『
未熟な僕が弟子を取るなんておこがましいと思ったけど、困っている人を放ってはおけない。僕は彼らの師匠になったんだ。
「ハンドルネーム『Ema』は僕の昔からの弟子の一人なんだ。まさか本名だったなんて……」
僕にはたくさんの弟子がいるけど、その誰とも会ったことはない。
こうして実際に会うのは、なんだか不思議な感じだ。彼女とは夜が明けるまで魔法の談義をしたことが何度もあるけど、こうやって顔を会わせるとなんだか少し恥ずかしいね。
「でもなんでエマがここに? 僕、住んでいる場所教えてないよね?」
「あ、それは逆探知したからですね!」
「……え?」
想定外の返事に、僕は驚く。
「ど、どういうこと?」
「師匠はシャイなので普通に聞いても教えてくれないかなーと思って! だから私、頑張って師匠の位置を逆探知したんです! いやあ、師匠の
ははは、と笑うエマ。
……僕はもしかしたらとんでもない子を育ててしまったのかもしれない。
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