第13話 勧誘(圧強め)

 魔族の人との一件を済ませた僕は、木にもたれかかって座っているカレンさんのもとに向かった。

 激闘だったんだろう、体のあちこちには切り傷がたくさんある。

 僕はカレンさんの側に座り込んで、彼女に話しかける。


「少しお体に触りますね」

「え、あ、ひゃい! やさしくお願いします……」


 なぜかカレンさんは顔を赤くしながらそう言う。どうしたんだろう?

 僕は気を取り直して集中し、魔法を発動させる。


治癒ヒール


 僕の手から暖かい光が出現して、カレンさんの傷に吸い込まれるように消えていく。

 するといくつもあった切り傷がみるみる内に回復して綺麗な肌に戻る。


 ふう、あまり回復魔法を使う機会はないから成功するか不安だったけど、上手くいってよかった。


 カレンさんは傷がなくなった自分の体を驚いたようにまじまじと見た後「か、回復魔法だったか……」と残念そうに言う。いったい何をされると思ったんだろう。


 カレンさんは体の具合を確認すると、姿勢を正す。そして僕に向かって正座をすると、地面に手を付いて、頭を下げてきた。


「ありがとう。君は私の命の恩人だ。君がいなければ私は今頃死んでいただろう」

「そ、そんな、おおげさですよ。ほら、顔を上げて下さい」


 確かにカレンさんの怪我はひどかったけど、彼女は白金級プラチナ冒険者だ。僕が来なくても自分でなんとかできていたと思う。

 相手の魔族は僕が相手でもなんとかなるくらいまで弱っていたからね。


「ウィル……いや、ウィル殿。私は感動した。これほどの若さであれほど強い者を私は見たことがない。貴殿なら白金級プラチナ、いや、伝説の神金級オリハルコン冒険者にだってなれるだろう」

「ぼ、僕が神金級オリハルコン冒険者!? いや、言いすぎですよそれは!」


 神金級オリハルコン冒険者は一人で軍隊を相手にできるような、超人しかなることは出来ない。そんな英雄的な称号を僕みたいな引きこもりがもらえるわけがない。

 いくらなんでも褒め過ぎだよ。


「私は魔法には疎いが、先の魔法が凄まじいものであることは見れば分かる。魔族を相手にしても一歩も引かない胆力も大したものだ。どうだろう、私と共に冒険者組合に来てはくれないだろうか?」


 ぐいぐいと物凄い勢いでカレンさんは僕を勧誘してくる。

 あ、圧が凄い。絶対に逃さないという強い意志を感じる。そ、そんなに気に入られちゃったのかな……?


「あ、あの」

「私とウィル殿なら素晴らしい相棒パートナーになれると思うんだ。あ、もちろんパートナーと言っても戦闘のだぞ? いや、ウィル殿が望むならプライベートの方でもなっても構わないが……と話が逸れたな。とにかく、君の力を腐らせておくのはもったいない。私と来てくれないか?」

「え、えと、あの」


 まくし立てるように勧誘されて、僕は軽いパニックになる。

 僕のことをそんなに評価してくれるのは嬉しいけど、冒険者になるなんて考えられないし、なったとしてもそんなに活躍できないと思う。


 混乱した頭で色々考えた僕は、決断をする。


「あ、あの! ごめんなさい!」


 そう言って僕は魔法『転移テレポート』を発動する。

 この魔法は一瞬にして自分の位置を離れた場所に移動させる魔法だ。


「ふう……焦った」


 魔法を発動した僕は、家の目の前まで来ていた。

 流石にこの場所がバレることはないと思う。あんな森の中に一人置き去りにしてしまったのは申し訳ないけど、あのままだったら言いくるめられて連れて行かれたかもしれない。


 あの人は強いし、一人でも大丈夫だよね。

 僕はそう思うことにして、窓から部屋に戻るのだった。



◇ ◇ ◇



「……ふられてしまったか」


 森の中。

 一人残された女剣士カレンはそう呟いた。


 一応辺りの気配を探ってみるが、先程まであった気配は感じられない。

 どうやらかなり遠くまでいってしまったみたいだ。


「少しぐいぐい行き過ぎたか……こういうのは不慣れだから加減が分からないな」


 今までカレンは一人で冒険者稼業をしていた。

 何度もパーティを組んでくれと誘いを受けたことはある。中には受けてもいいかもしれないと思った好条件の勧誘もあった。


 しかし他人に背中を預けることができない彼女はそれらの勧誘を全て断っていた。


 そんな彼女なので当然他人を誘うなんてことはしたことがなかった。

 振ることは何度もあったが、振られるのは初めての経験。じんわりと広がる胸の痛みを、彼女は初めて経験した。


「……悲しいけど、彼の意思を今は尊重しよう。なに、運が良ければまた会えるはずだ。私もそれまでに人付き合いを少しは勉強するとしよう。そして次こそは……」


 また会えることを祈りながら、カレンは気を失っている魔族のゾルダのもとへ向かうのだった。

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