第11話 黒魔法

 この世界には五大属性と言われる、魔法の基礎となる五つの属性が存在する。


 火、水、雷、土、木。

 それらの派生として氷や風などもあるが、核となるのはこの五属性だ。


 これらの属性を複合させて、強力な魔法を作ろうとする試みは、遥か昔から行われている。しかしそのどれもが失敗に終わっており、複合魔法を作るのは『不可能』とされていたのだ。


 ゾルダも自らそれを作ろうとし、失敗した過去がある。

 今の知識、技術では不可能なのだと諦めた。しかしそれの完成品が目の前にある……ゾルダの胸に強い屈辱感が湧き上がる。


「あ、ありえない! 属性を混ぜるなど不可能だ! しかもそれを五属性全てで行っただと? 馬鹿も休み休み言え!」


 ゾルダはそう大きな声で主張する。

 しかしウィルはその主張にふるふると首を横にふる。


「……確かに複合魔法は長年不可能だと言われていました。二つの属性を混ぜると、片方がもう片方に影響を及ぼして、属性の力を増減させてしまう。そうなるとバランスが崩れてしまいます」


 例えば火と水を混ぜようとすると、水の属性が火の属性を弱めてしまう。

 すると魔力のバランスが崩れ、形を成さなくなってしまうのだ。五つの属性は互いに作用し合っている。これらを混ぜるのは不可能とされた。


「ですが五つの属性全てを複合させると、互いが互いに補完しあって……安定します。こうやって黒魔法は生まれました」

「た、確かに五属性を均等に混ぜ合わせればそうなるだろう。だがそんなのは机上論だ! 五つの属性を全て完璧にコントロールするなど出来るわけがない! 同時に二つの属性を操作することすら並の魔法使いでは苦労するのだぞ!」


 同時に二つの属性を操るのは、一つの脳で二つの計算式を同時に解くようなものだ。それを同時に五つなど、出来るわけがない。しかし、


「は、はい。だから結構苦労しました」


 少年は、それを成し得た。

 子どもの頃、普通であれば遊びや親に甘えたりするだろう。しかしそこに割り当てる時間を彼は全て魔法に捧げた。その結果彼の脳は魔法に最適化されたのだ。

 大人になってからでは遅い。まだ脳が発達途中の時に魔法に全てを捧げたからこそ起きた突然変異メタモルフォーゼ


 魔法に対する狂気じみた好奇心。謙虚ゆえにとどまる事を知らない上昇志向。引き込もることを許される環境。そして優秀な血筋。

 全てが噛み合い、現代の最強魔導師は生まれたのだ。


「ふ、ふざけるな。五属性の同時使用が可能だなんて……そんな事が可能なのは大魔導師くらいのものだぞ……!」


 大魔導師は最上位の魔法使いに与えられる称号だ。

 その下の地位の魔導師ですら数十年に一度生まれるような人材。大魔導師として認められるのは更に少なく、歴史上でも十人に満たない。

 ウィルの成し遂げたことは、それほどのことであった。


「確かに黒魔法は僕の数少ない自慢ですけど、大魔導師なんて言いすぎですよ」


 ははは、と笑うウィルを見て、ゾルダは身の毛がよだつ。

 目の前の少年は、自分の強さを自覚していない。

 ということはこの先、まだまだ強くなる。この若さでこれだけ強いのであれば、大人になったらどうなるのか。ゾルダは強い恐怖を覚えた。


「こ、こいつだけは、ここで殺さなくちゃいけない……!」


 ゾルダはここで確実にウィルを殺すと心に決める。

 自分に残された全ての魔力を使い、彼の放てる最強の魔法を構築する。


「くらえ! 二重詠奏ツインテット火炎ファイア!」


 ゾルダの手から放たれたのは、十メートルクラスの巨大な火炎。

 二重詠奏ツインテットとは、同じ魔法を一度に二回発動することで、魔法のランクを一段上げる技術である。

 別々の属性を重ねると属性のバランスが崩れるが、同じ魔法であればその現象は起きることはないのだ。 


 黒魔法ほどではないが、この技術も高等技術だ。それを使えるゾルダの腕は、やはり魔族の中でも上位といえよう。


「この規模の攻撃なら、貴様の黒魔法でも対処できまい!」


 ウィルの生み出した黒魔法『黒星』は、拳より少し大きい程度だ。とてもじゃないが、迫りくる炎を全て消すのは不可能。

 しかしそれと対しているウィルは至って落ち着いていた。


「確かにこれを黒星で消すのは大変そうですね。じゃあ……」


 ウィルは一旦黒星を解除し、消す。

 そして両手に魔力を溜め、今度は異なる魔法を発動する。


四重詠奏クアルテット雷撃サンダー


 そう口にした瞬間、巨大な雷が四本出現する。

 常識外れの四重詠奏。その威力は凄まじく、目の前の大地を一瞬で焼き払い、ゾルダの生み出した火炎も粉々に打ち砕いてしまう。


「馬鹿、な……!」


 悔しげに呟きながら、ゾルダは雷の中に飲み込まれるのだった。

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