第10話 遅れて来た引きこもり
一旦カレンを避難させたウィルは、魔族のゾルダに向き直る。
ゾルダは明らかに不機嫌そうな表情をしている。それを見たウィルは内心怖気づきそうになる。
(ここで逃げたら他の人達が犠牲になるかもしれない、逃げちゃ駄目だ……)
そう心を震わせたウィルは、逃げずにゾルダと向き合う。
「なんだ小僧。邪魔する気か?」
「は、はい。こんなことやめて下さい」
「くくく、足を震わせておいて私に歯向かうとは、中々勇気があるじゃないか。いいだろう、その勇気に免じてここは退散しようじゃないか」
「ほ、本当ですか!」
ゾルダの思わぬ申し出にウィルはパッと表情を明るくする。
しかしそれを見た剣士のカレンが口を開く。
「だ、だめだ……」
カレンは一度ゾルダに騙され、手傷を負わされている。
今度もまた汚い手を使うに違いない。そう思った彼女はウィルにそれを伝えようとする。
ウィルはどうしたんだろうと振り返り、カレンを見る。
「わな、だ……」
「へ?」
よく聞き取れなかったウィルはカレンに近づこうとする。
そうなれば必然的にウィルはゾルダに背中を晒す形になる。ゾルダはその隙を見逃さなかった。
「
邪悪な笑みを浮かべながら、彼は魔法を発動する。
生み出された魔法の刃は、ウィルの背中めがけてまっすぐに飛ぶ。
それに気がついたカレンは声を出そうとする。しかしその声が放たれるより早く、刃はウィルのすぐ後ろまで迫っていた。
もう遅い。
カレンとゾルダがそう思った瞬間、ウィルは背後から迫ってくる何かに気が付き、指を軽く振るう。
するとウィルの周りを囲うように球状の障壁が出現する。
ウィルが指を振る動作をしてから障壁が完成するまでには、一秒もかかっていない。
それにもかかわらずその障壁は堅牢であり、飛んできた魔法の刃をキン! と容易くはじいてしまった。
「……あ?」
自らの魔法が砕け散ったのを見たゾルダは、信じられないといった感じで声を出す。
少年が魔法の障壁で自分の魔法の刃を防いだのは百歩譲ってまだ理解できる。しかし先程の魔法は魔法名を言葉にしていなかった。その点については全く理解できていなかった。
ゾルダは苛立たしげに尋ねる。
「貴様、今何をした?」
「低位の防御魔法『
「いや、そうではない! なぜ『
「あ、これはただ無詠唱化しただけです。そんな凄い魔道具なんて持っていませんよ」
「馬鹿な……貴様みたいなただの人間が無詠唱化した、だと……!?」
ゾルダは愕然とする。
魔法の無詠唱化は、魔族の中でも使える者が限られる、高等技術だ。
魔族の中でそこそこの使い手であるゾルダでさえも、その領域には至っていなかった。
それなのに人間で、しかもまだ年端もいかない子どもがそれを使ったなど、ゾルダは信じられない、いや信じたくはなかった。
「ありえぬ……ありえぬ! 魔の基本も分からぬ下賤な人間がそのような高等技術を使うなど!」
怒りのままに、ゾルダは魔法を発動する。
「
先程の魔法よりも、巨大な魔法の剣が出現する。
それに込められた魔力は先程のものよりも遥かに多い。それを見たウィルは警戒する。
「どうやら
ウィルは深く集中し、右手を前に出す。
そして目を閉じ――――体の奥底に眠る魔力を目覚めさせ、その魔法を発動する。
「黒魔法――――
そう唱えた瞬間、彼の右手に黒い球体が出現する。
拳より少し大きい程度の、真っ黒な球体。それは何をするでもなく空中に浮き、静止していた。
「そんな魔法で、止められるか! 死ねェ!」
ゾルダは咆哮しながら魔法の剣を放つ。
するとウィルは出現させた黒い球体を自分の正面に移動させる。
黒星、そう名づけられたその球体は、ゾルダの放った魔法の剣を正面から受け止める。
するとそれに当たった魔法の剣は、触れた箇所から一瞬で分解され、消え去ってしまう。
「なんだと……!?」
思いもよらぬ結果に、ゾルダは驚愕する。
打ち負けたとか、そういう次元ではない。あの黒い球体は、ゾルダの渾身の魔法をいとも簡単に消滅させたのだ。
黒い球体が行ったことは、彼の知るどの魔法の性質とも似ていなかった。彼はその未知の魔法に強い恐怖を覚えた。
「な、なんだその魔法は! 貴様はいったい何をした!」
ゾルダの問いに、ウィルは答える。
「これは僕が生み出した新しい魔法『黒魔法』です」
ウィルは宙に浮くそれをなでながら説明する。
この魔法こそ二年間引きこもった末に生み出された、彼の集大成とも言える魔法だった。
「黒魔法は、魔法の五大属性を全て混ぜることで生み出される魔法です。この魔法は触れた物全てを分解し、消滅させます」
「ばか、な……!」
五つの属性を複合させる。
簡単に行っているが、そのようなことは普通『不可能』なのだ。そのことを知っているゾルダは言葉を失うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます