第9話 冒険者カレン・ヴィオベリー
私の名前はカレン・ヴィオベリー。
オルレアン帝国南部の田舎町で生まれ育った剣士だ。
親とは幼い頃に別れていて、もう顔も覚えていない。
幼少期の記憶といったら常にお腹を空かせていたことくらいしか覚えていない。それほど貧しく、ひもじい人生を私は送っていた。
そんな何も持っていない私だったけど、唯一剣の才能だけは持っていた。
貧しい生活しか抜け出すには、この才能を磨くしかない。そう思った私は来る日も来る日も剣を振り、そして子どもながらに大人顔負けの実力を身に着けた。
ようやくお金を貯めることが出来た私は、帝都に向かった。
そしてそこで冒険者となってどんどん活躍したんだ。
ランクが上がる度に、私は認められた気がして嬉しかった。私の頑張りは無駄じゃなかったんだって。そう言われているような気がして。
今日この日までは――――そう思ってたんだ。
「が、あ……!」
呻き声を上げながら、みっともなく地面を転がる。
何度も体を打ちつけているせいで、全身がひどく痛む。
だけど足を止めたら死ぬ。私は転がりながらもなんとか体勢を立て直す。
するとそんな私の目の前に魔法の刃が迫る。急いで横に跳んで回避するけど、耳の端が切れたようで鋭い痛みが走る。
「……っ!」
血が流れる耳を強く押さえ、止血する。
完全に血を止めることは出来てないけど、何もしないよりはマシだ。
私は必死に呼吸を整えながら、前方に立つ敵を睨みつける。
「はぁ……はぁ……」
「くくく、頑張るじゃないか人間。思ったよりも楽しめたぞ」
そう言って邪悪な笑みを浮かべるのは、私が追っていた魔族だ。
名前はゾルダ。灰色の髪に釣り上がった目が特徴的な男だ。
刃系の魔法を得意としていて、いたぶるような戦法を好む卑劣漢だ。
私は魔族の国に帰れば何もしないと言ったのだが、ゾルダは帰るふりをした後、急に背後から襲いかかってきたのだ。
そのせいで私は足に傷を負ってしまった。
剣士にとって足の怪我は致命的。強く踏み込むことの出来なくなった私は攻めきれずにいた。
「くそ、怪我さえなければ……!」
「戦いは理不尽の連続だ。甘さを捨てきれなかった貴様の負けだ」
ゾルダはそう言うと「
すると空中に四つの魔法の刃が生み出される。どの切っ先も私の方を向いている。
「もう少し遊んでもいいが……こちらにもやらなければいけないことがある。死ね」
ゾルダが下に手を振ると、四つの刃が一斉に襲いかかってくる。
一発でもまともに食らえば、戦闘不能になるのは確実だ。私は全神経を集中させ、剣を振るう。
「がああああああ!!」
まずは一太刀。
渾身の一振りは二つの刃を一気に砕く。
そして勢いそのままに回転し、もう一太刀。
先程の一撃よりは威力は落ちるが、刃を一つ両断することに成功する。
「ああああああッ!」
咆哮しながら大地を踏みしめる。足に出来た傷から血が吹き出すが、今は気にしない。
残る一つの刃めがけ私は剣を振り上げ――――振り下ろす。
「これで、終わりだ!」
完全に捉えた。
そう思ったが、私が剣を振り下ろしたその瞬間、なんと魔法の刃はピタリとその場に止まり私の斬撃を回避した。
空を切った私の剣は、地面に突き刺さってしまう。
馬鹿な。今までの戦いでこんな動きをしたことはなかったのに。
「く、くくく。その絶望した顔。たまらねえな」
ゾルダは楽しそうに笑う。
そうか、こいつは今この時のために動きを隠していたのか。
「じゃあな女。楽しかったぜ」
止まった魔法の刃が、動き出す。
既に体力は限界だ。腕を振り上げる力も残っていない。
「ここまで、か――――」
頑張って頑張って、ようやく人並みの生活を送れるようになったのに。どうやら私の人生はここまでだったようだ。
もし次の人生があるなら、普通の女の子として生まれ変わりたい。普通に家族がいて、普通に友達がいて。
そして普通に恋をする――――なんて、高望みだろうか。
「死ね!」
ゾルダの声が耳に入る。
最後に聞く声がこんな奴の声なのは嫌だな。そんなことを考えていると、突然背後からザザザ! と草をかき分ける音が聞こえてくる。そして、
「
聞き覚えのある声と共に、私を囲むように半透明の壁が出現する。
その壁は魔法の刃を容易く弾き、砕いてしまう。なんて堅牢な魔法なんだろうか。私の剣でも斬れる自信はない。
そんなことをぼんやりと考えながら倒れると、体を優しく受け止められる。
そちらに目を向けると、なんと森で出会った少年がそこにいた。まさか、さっきの魔法は彼が……?
「少し休んでいてくださいカレンさん。あの魔族は僕が」
「やめ……あぶな、いぞ……」
私はかすれる声でその少年、ウィルを止める。しかし彼は優しく笑うだけで止まりはしなかった。
木の側に優しく私を置いた彼は、魔族に向き直る。
まさか私があんな少年に抱えられ、守られることになるなんて。
普通なら恥ずべきことだ。分かっている、分かっているが……。
私の胸の鼓動は、まるで乙女のようにドキドキと強く鳴っていた。
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