第3話 大悪魔アスタロト

「……え? どういうこと?」


 アスタロトと名乗った悪魔のお姉さんは僕の言葉に首を傾げる。

 あれ、上手く伝わらなかったかな?


「あの、僕はこれといって叶えてもらいたい願いはないので大丈夫です。お呼びしておいて申し訳ないですが、もう魔界に帰っていただいて大丈夫ですよ」

「い、いやいや! じゃあなんで私を呼んだの!? 私は悪魔の中でも最上位種よ!? それを呼んでおいて帰っていいですよじゃないわよ!」


 アスタロトさんはまくし立てるように言う。

 うーん、試しに呼んでみたら本当に呼べてしまっただけなんだけどなあ。正直に言ったら更に怒らせちゃいそうだ。


「そもそもなんで君みたいな子どもが私を呼ぶことが出来たの? 誰か大人が手伝ってくれたの?」

「あ、いえ。この本に書いてある通りに一人でやりました」


 僕は悪魔大全をアスタロトさんに手渡す。

 その本をペラペラと読むアスタロトさん。しばらく読んだ彼女は驚いたような表情をする。


「なによこれ。ここに書いてあるのは低位の悪魔召喚方法じゃない。それに魔法陣の作成方法も古代文字もめちゃくちゃ。これじゃ低位の悪魔を召喚するにも苦労するわ」


 アスタロトさんはそう言うと僕のことをジロっと見る。


「どうやったらこの本を参考に私を呼べるのよ」

「えと。確かにその本にはところどころ間違っている所やかすれて読めない所がありました。なので、自分なりにアレンジを加えました。それがいけなかったですかね」


 アスタロトさんは「アレンジ、ねえ」と言うと自分の足元に描かれた魔法陣を観察する。

 うう、ちょっと恥ずかしい……


「こんなめちゃめちゃな魔法陣を参考にして、ここまで高度な魔法陣を作れるなんて、キミはいったい何者なの? もしかして実は高齢の魔導師が子どもに転生したとか?」

「い、いえ。僕はただの引きこもりです。そんな凄い存在じゃないですよ」

「それが一番信じられないのよね……その歳でこれだけ魔法を理解できているなんて異常よ?」


 褒められている、のかな?

 アスタロトさんは高位の悪魔らしいからそんな凄い人に褒められるのは嬉しい。

 とは言っても僕は本当に凄い人物じゃない。人と会ったり話したりするのが好きじゃないから引きこもって趣味に没頭していただけだからね。

 本当に凄いのはユリウス兄さんみたいな人のことを言うと思う。


「……この歳でこれだけの事が出来るとなると、大人になれば凄い魔法使いになりそうね。顔も可愛いし……気に入っちゃった」


 アスタロトさんは僕を見ながらペロリと舌なめずりをする。

 その妖艶な笑みを見た僕はぞくりと身の危険を感じる。


「ここで命を奪うのはもったいないわね。いいわ、願いを叶える件はやめましょう」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 ひとまず危ない話からは逃げ出せたみたいだ。

 ほっとする僕だけど、アスタロトさんはとんでもないことを言い出す。


「その代わりキミを私の奴隷ものにする。感謝しなさい、大悪魔である私の所有物になれるんだから」


 そう言うとアスタロトさんの大きな胸から魔力の鎖が伸びて、僕の胸にくっつく。

 これはなんだろう?


「これは主従の鎖スレイブ・チェイン。悪魔が使うことの出来る特殊な魔法よ。これによって契約が成されると、対象はその者の『奴隷』になる。奴隷となった者は主人の命令に逆らえず、一生尽くさなくちゃいけないの。嬉しいでしょ?」

「え、それは困ります!」


 これから悠々自適な引きこもりライフを送れると思っていたのに、奴隷になんてなったら困る! どうにかしないと!


「ふふ、もう無駄よ。この契約は魔力の大きい者が主人になる。キミの魔力はそれほど大きくはないみたいだから、私が負けるのは万に一つもありえない。ふふふ、たくさん可愛がってあげるから安心しなさい」


 楽しそうに笑うアスタロトさん。

 ……ん? 魔力が大きい方が勝つ? ということは……


「僕のほうが魔力が大きければ、僕は奴隷にならなくて済むんですか?」

「そうなるわね。でも大悪魔である私の魔力は人間のそれを大きく上回る。無駄な抵抗はやめて大人しく奴隷契約が成立するのを待ちなさい」


 胸に繋がれた魔法の鎖からはアスタロトさんの魔力が流れ込んできている。

 分かった。これは綱引きなんだ。魔力の大きさで綱引きをして、勝てばいいんだ。


 だったら僕にも勝機はある。


「えい……!」


 胸に集中して、魔力を流す。

 するとそれを見たアスタロトさんはくすくすと笑う。


「本当にキミは可愛いわね。無理せずに私を受け入れなさい。悪いようにはしないわ」


 ぐむむ……確かにアスタロトさんの魔力は強い。普通にやったら中々押し返せなさそうだ。

 だったらしょうがない。奥の手を使おう。


「…………」


 深く集中する。

 僕の体の奥の奥には、暗黒・・が存在する。


 それは大きくて真っ黒い、巨大な魔力。


 幼い頃から魔力を空っぽにする特訓をすると、魔力量が上がると知った僕は三歳の頃からこっそりその特訓をしていた。

 その結果僕の体には化物みたいな魔力が宿ってしまった。


 普段はそれを隠しているけど、今は少しだけ使ってもいいよね。

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