第2話 出発
翌日の早い時間。
僕は長く澄んだ帝都を離れるため馬車に乗ろうとしていた。
多くの人に見送られるのはあまり好きじゃないから、この時間に城を出ると伝えたのは父上だけだ。どこから聞きつけたのかユリウス兄さんも見送りに来てくれたけど。
「……本当に行くのかウィルバート?」
「父上、あまり引き止めてはいけませんよ。これはウィルが決めたことなのですから」
「それはそうだが……」
何やら父上と兄上が話しているけど、僕は少し離れた所で馬車の点検をしていたから聞こえなかった。
「ええとここに『
本当は『
馬車に魔法をかけた僕は、よいしょと乗り込む。すると近くに待機していたメイドのルナも軽やかな動作で馬車に乗り込む。
「失礼します」
「いいけど……なんか近くない?」
「そうでしょうか」
馬車には充分なスペースがあるのに、ルナは僕にべったりくっついて座っている。
指摘したのに離れるどころか更に体をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。うう、恥ずかしい……
そう思っていると兄上がこっちに近づいてくる。最後の挨拶を言いに来てくれたみたいだ
「いってらっしゃいウィル。それじゃあルナさん、弟を頼みますね」
「はい、お任せ下さいユリウス殿下。ウィル様は私が朝も昼も夜も真夜中も深夜も夜更けもばっちりお世話させていただきます」
「やけに夜が多いのが気になるけど……よろしくお願いします」
こうして僕たちは城を、帝都を去った。
目指すのは帝都東部にあるバレンシアの森に決まった。凶悪な魔物もいないし、町も近い。
そこにある一軒家を使っていいとなったんだ。
バレンシアの森は静かみたいだから、魔法の研究もはかどると思う。楽しみだなあ。
◇ ◇ ◇
――――翌日。
馬車に揺られてたどり着いたのは、森の中にひっそりと建つ小さな家だった。
父上は最初町の中にある家を勧めてくれたけど、森の中のほうが静かだし色々な素材を取るのにも便利だと思ったからこっちにしてもらった。
ちなみに僕は皇子だけど顔は知られていない。
他の兄弟は知られているけど、僕は引きこもっていたからね。
だから町に行っても皇子だとバレる事はないと思う。
「おじゃましまーす……」
自分の家なのに思わずそう言いながら中に入る。
中はリビングが一つと、個室が二つ。お城と比べたらもちろん狭いけど、二人で済むなら充分な広さだ。
「
お城から持ってきた物をドサドサと部屋に広げていく。するとあっという間に一つの部屋が本や器具で埋まってしまった。
ふふ、今日からここが僕の新しい
「ウィル様。私はこれから近くの町に買い物をしに行こうと思っているのですが、ウィル様はどうされますか?」
「えーと……僕は家にいようかな。ほら、長い間馬車に乗ってて少し疲れちゃったから」
嘘だ。本当は疲れていない。
人のいるところに行きたくないだけだ。
「ふふ、分かりました。それでは私一人で行ってまいりますね」
ルナはそう言うと家から出ていく。
咄嗟に嘘をついちゃったけど、あの調子だとバレてそうだね……
「よし、せっかく一人になったんだから何かしようかな」
城の中じゃ大規模な実験は控えていた。
もっと爆発する危険のあるやつとかもやりたかったけど、自重していたんだ。ここなら周りに人も住んでないし、多少そういうことをやっても大丈夫! ……なはず。
「どれにしようかな……あ、これとか良さそう!」
僕が見つけたのは一冊の黒い本。
本の名前は『悪魔大全』。その名の通り悪魔について書かれた本だ。
悪魔は昔この世界にいたとされる生物で、強力な魔法を使えるらしい。今はこの世界からは消えて、魔界と呼ばれる所で暮らしているらしい。
なんとこの本には魔界にいる悪魔を召喚する方法が書かれているんだ。これはぜひ試してみたい……!
「まあガセだとは思うけど一応ね。爆発でもしたらマズいから外で試してみようかな」
家の裏手に行った僕は、地面に魔法陣を書いていく。
本は古いから所々の文字がかすれてしまって読めない。載っている魔法陣も完全には再現できないけど、かすれてしまった部分は想像で補う。
魔法陣にも規則性があるから、大きくは間違っていないはずだ。使われている古代文字も頑張って覚えてあるしね。
「これで……よし、と。あとは自分の血を魔法陣の中心に垂らしてと。これで魔力を流せば完了だね」
悪魔が呼べるとは思わないけど、魔界と繋がったりしたら面白そうだなあ。
向こうの生き物と仲良くなれたら楽しそうだ。
「よし、じゃあやってみようかな」
魔法陣に手を乗せて、えいと魔力を流す。
すると魔法陣が緑色の光を放ち始める。
「おおお……」
思わず声が漏れる。
その間も光はどんどん強くなっていって、ゴゴゴと音も鳴り始める。
そしてジジジ……と電気のようなものが迸り始めたかと思うと、次の瞬間魔法陣の中心が爆発する。
「うわっ!」
辺りに煙がもくもくと広がる。
わくわくと期待しながら魔法陣の中心を見ていると、そこから一人の人物が姿を現す。
その人は僕より年上のお姉さんだった。
黒くて長い髪をした、とても綺麗な人だ。でも一番目立つのは顔じゃなくてその上の部分だった。
「……私を呼び出しのはもしかしてキミ? こんな小さくて可愛い子に呼び出されるとは思わなかったわ」
その人の頭には赤く立派な
お尻からはしなやかな尻尾が生えている。この特徴を持っている種族は一つしかない。
「私は悪魔のアスタロト。さあ、願いをいいなさいボク。あなたの命を代償としてなんでも叶えてあげる」
本で見た通りだ。悪魔は命と引き換えに願いを叶えてくれるっていうのは本当だったんだ!
僕は初めて見る悪魔に興奮しながら、その問いに答えた。
「あ、願いはないので大丈夫です!」
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