引きこもり皇子、大魔導師になる 〜引きニート皇子はいらん!と帝都を追放された皇子、辺境の地でうっかり魔の真髄に至ってしまう。ゆっくり引きこもって魔法の研究をしたいのにみんなが離してくれません〜
熊乃げん骨
第一章 皇子、引きこもる
第1話 引きこもり皇子、追放される
「引きこもってばかりのニート皇子などいらぬ。よってこの帝都よりお前を追放する!」
「……え?」
突然父親に呼び出された僕、ウィルバート・フォン・オルレアンは大勢の兵士や兄弟がいる大広間でそう宣告された。
僕の父親はここオルレアン帝国の皇帝だ。つまり僕はこの国の皇子ということになる。
まあ第五皇子なので王位を継ぐことはないと思うけど、それでも色々と面倒くさいことを押し付けられたりする。
僕はそれが嫌で部屋に引きこもって趣味の魔法研究ばかりやっていたんだけど……そのせいで大変な事になってしまった。
ど、どどどどうしよう……!
「許せウィルバートよ、父も苦渋の決断なのだ。お前があまりにも……あまりにも
父が言う通り、僕は根っからの引きこもりだ。
今こうやって部屋から出ているだけど少しくらくらする。うう、早く暗い部屋に戻りたい。
「お前が魔法の研究に熱心なのは知っている。既にその知識と腕前がかなり高い水準にアルということも。しかしお前は皇族なのだ。それに相応しい行動をしなければならぬ。だというのにお前は部屋から一歩も出ずに研究ばかり。この前など爆発騒ぎまで起こしたではないか」
耳が痛い。確かに僕は皇族としての職務をサボりまくっている。
でもこれも全て魔法の研究が楽しすぎるのがいけないんだ。こんな楽しいものを知ってしまったら公務なんて退屈なものに割く時間はない。
「……こほん、しかし私も鬼ではない。お前はまだ八歳と幼い、心を入れ替え、ちゃんと皇族としての職務を全うするのであれば、追放処分を撤回してもよい。どうする? 心を入れ替えるか? それとも本当にこの家を出ていくか?」
父上は僕のことをちらちらと見ながらそう言う。
そう言ってくれてはいるけど、本当は僕のことを早く追い出したいんだろう。そうだよね、こんな引きこもってばかりのダメダメな皇子、みんなの足を引っ張る前にいなくなった方がいいんだ……。
「どうしたウィルバート。早く答えるがいい」
「あ、はい。すぐに出ていきます」
「うむうむ、お前も分かってくれ……って、えぇっ!?」
僕は期待通りの返事をしたはずなのに、なぜか父上は声を出して驚いた。見れば他の兵士や兄弟たちも驚いている。なんでだろう?
「う、ウィルバート? 冗談だよな?」
「うう……すみません父上、明日には出ていくのでお許しください。今すぐ荷物をまとめますぅ!」
「お、おいウィルバート! 待て! 私も本気じゃな――――」
僕は逃げるように大広間から飛び出した。
こうして僕、ウィルバート・フォン・オルレアンは生まれ育った帝都を離れることになった。
家族と離れるのは寂しいけど、悪いことばかりでもない。ここにいたら研究に集中出来ないことも多いからね。
新天地では思う存分魔法の研究をすることが出来るかもしれない。
ふふ、そう考えたら少しわくわくしてきたぞ。
◇ ◇ ◇
「……本当に出ていくのかい、ウィル?」
王宮の廊下を歩いていると、四人いる兄の内の一人、ユリウス兄さんに話しかけられる。ユリウス兄さんは人格者で民からの人気が高い。変わり者の僕にも優しくて、とてもいい兄さんだ。
ちなみにウィルというのは僕の愛称だ。
ウィルバートだから、ウィル。普段はこっちの名前で呼ばれることが多い。
「う、うん。僕なんかいない方が父上もいいと思うから……」
「私は父上が本気でそう思っていたわけじゃないと思うけど、ウィルが決めたのなら止めはしないよ。寂しくはなるけどね」
寂しげな笑みを浮かべる兄さんを見ると少し決意が揺らぎそうになる。
駄目だ、一度決めたんだからちゃんとやり遂げないと。僕はここを出ていくんだ!
「そうだウィル。前に貸した本を返してもらってもいいかい? まだ読み終わってないなら持っていっても構わないけど」
「ああ、あの本ならもう読んだから返しますね」
兄さんから借りた本はえーと……そうだ。あそこにしまっておいたんだ。
「
指で空中に小さな円を描き、魔法を発動させる。
すると空中に小さな黒い穴が出現する。僕はその中に無造作に手を突っ込んで、中から借りていた本を引っ張り出して兄さんに手渡す。
「はい」
「はい……って、今のはなんだいウィル!? 何もない空間から取り出さなかったかい!?」
「あ、今のは空間魔法です。空間の狭間に物をしまっているだけですよ」
「僕は魔法にそれほど詳しくはないけど、確か空間魔法ってかなりの高等技術じゃなかったっけ? ウィルに才能があるのは知ってたけど、まさかこんなものまで使えるなんて……」
兄さんは大げさに驚く。
原理さえ
「……確かにこの才能を腐らせるのは惜しい。ここを出て研究するのはいい道なのかもしれないね」
「へへ、まだ読んでない本や論文がたくさんあるんです。楽しみだなあ」
時間はいくらあっても足りない。ここにいたらその時間を捻出するのは大変だ。
人格者で頭も良いユリウス兄さんがいるんだから跡継ぎ問題も困ってないだろうしね。
人前で話すことも苦手な僕が皇帝になれるわけもない。
「……分かった。かわいい弟と別れるのは寂しいが、しょうがない。気をつけるんだぞ」
「ありがとうございます。兄さんもお体には気をつけてくださいね」
そう言って兄さんと別れようとする。すると、
「なんだ、まだにいたのか? とっとと出ていったらどうだ?」
いやみったらしい声で後ろから話しかけられる。
顔を確認しなくても分かる。この声は僕の兄で第二皇子のアレックスだ。
「ア、アレックス……」
「てめえ、父上に捨てられた分際でよく俺を呼び捨てに出来るなあ!」
苛立たしげにアレックスは言う。
昔からアレックスは僕を目の敵にしていてよく嫌がらせをしてくる。僕が帝都から出ていきたい理由の中にはこの兄がいるからというのもある。
「あの、色々準備があるので行っていいですか? 貴方に話しておきたいことはないので……」
「こ、の……!」
顔を真っ赤にして怒るアレックス。
何がそんなに気に触っちゃったんだろう。僕はアレックスに同じことを言われてもなんにも思わないんだけどなあ。
「失礼な奴め……やっぱり貴様は皇族に相応しくない! 父上の判断は正しかった!」
アレックスはまくし立てるように言う。
キンキンと喋るので耳が痛い。
「喜べウィルバート……貴様がもう王宮に戻ってこれないようにしておいてやるからな。好きなだけ下らない研究に没頭できるぞ」
「えと、もう行って良い? 早く戻りたいんだけど……」
あまりにも意味のない時間を過ごしてしまっているのでそう切り出す。
するとブチ! と血管の切れた音と共にアレックスは怒りだす。
「てめえいい気になってれば……!」
ずんずんと僕に近寄って来たアレックスは手を上げようとしてくる。
い、痛いのは嫌だ。僕は反射的に魔法を発動する。
「え、えい」
指を軽く振ると、アレックスの足元が凍る。その部分を踏んだアレックスは思いっきりこけて、顔面を床にゴン! とぶつける。
「ぶべっ!」
まるで潰れたカエルのような声を出すアレックス。暴力は好きじゃないけど少しすっきりした。
僕は転んでいる隙に指をもう一度振って凍らせた床を元に戻す。これで何が起きたか分からなくなっただろう。
「お、お前! 何をした!?」
アレックスはガバッと立ち上がると、そう怒鳴りつけてくる。
その鼻からは血がドバドバと流れている。
「ぼ、僕は何もしてないよ?」
「そんなわけないだろうが! お前が奇妙な魔法を使ったんだろう!」
う、意外と勘が鋭い。
申し訳ないけどここはとぼけることにしよう。
「で、でも僕は呪文を唱えてないよ? それじゃ魔法を使えるわけないよね?」
「ぐ、う……!」
アレックスは返答に詰まる。
僕がさっきやったのは魔法の無詠唱発動。普通は呪文を唱えないと魔法は使うことが出来ないけど、魔法のことをちゃんと理解していれば呪文の詠唱は省略出来るんだ。
これは魔法に詳しい人なら知ってるけど、アレックスは知らなかったみたいだ。
「う、うるさい! とにかくお前がやったんだ!」
アレックスは再び僕の方に向かってくる。
うう……本当にしつこい。今度は我慢して殴られようかと思ったけど、アレックスが拳を振り上げた瞬間、無意識的に魔法を発動しようとしてしまう。
指先に魔力が集まり、形になっていく。そしてそれが発動してしまうと思ったその瞬間、ある人物がやって来てアレックスの腕を掴んで止めた。
「やめるんだアレックス。弟に手を上げるなど僕が許さない」
「……兄上」
アレックスを止めたのはユリウス兄さんだった。アレックスは兄さんに何かを言いたそうにしたけど、それを止める。
「……ちっ!」
すアレックスは掴まれた手を無理やり振り解いて僕たちから距離を取る。口の悪いアレックスだけどユリウス兄さんとやり合う気はないみたいだ。
「こいつに肩入れするとは兄上も趣味が悪い。後悔しますよ」
「肩入れなどしていないさ。君たちはどちらも僕のかわいい弟だ。喧嘩してほしくないだけだよ」
ユリウス兄さんがそう言うと、アレックスは不機嫌そうに「ふん!」と言って去っていった。
「……まったく。みんな仲良くすればいいのに」
「あ、ありがとう兄さん。助かりました」
「いいんだよウィル。ほら、また因縁をつけられる前に行くといい」
「うん」
と、そんな風に最後の兄弟との会話を終えた僕は自室へと戻る。
出発は明日の朝にしてもらった。父さんは「もう少しゆっくりしてからでもいいんじゃないか?」と言ってたけど、悠長にしている暇なんてない。
豊かな引きこもりライフを早く僕は満喫したいんだ。
「戻ったよ」
部屋に戻ると、僕の散らかっている部屋を片付けている人物がいた。
綺麗な銀色の髪に切れ長の目、立場上綺麗な人を見かけることは多いけど、そんな僕の目から見ても彼女の顔は整っているように見える。
お尻からは長い尻尾がゆらゆらとぶら下がり、頭の上にはツンととがった獣のような耳が生えている。
彼女の名前はルナ。狼の獣人で僕の専属メイドだ。
「お帰りなさいませウィル様。片付けが終わるまでもう少々お待ち下さい」
「僕も手伝うよ。早く終わらせよう」
変わり者だと思われているからか、僕には使用人もあまり近寄らない。
だけどルナだけは引きこもりな僕のことを献身的に支えてくれる。口数が少なくて表情も薄いルナだけど、メイドとしてのスキルは超一級だ。恥ずかしくて口には出せないけどかなり助かっている。
「これは……いる。これもいる。これもいる、と」
積み上がった本や実験器具の数々を仕分けていく。
読み終わった本以外はほとんど持っていくことになりそうだな。これから行くとこには大きな本屋もないだろうから、たくさん持っていった方がいいだろうね。
そんなことを考えていると、手を動かしながらルナが話しかけてくる。
「……ところでウィル様。明日向かう先には誰を世話係として連れて行かれるのですか?」
「え? 僕はてっきりルナが来てくれると思っていたんだけど、嫌だった?」
そう尋ねると、ルナは無表情のまま僕の方にずいと顔を寄せてくる。
「いえ。行かせて下さい。他の者は不要です」
「そ、そう。分かったよ」
その『圧』に押されて僕は首を縦に振る。
するとルナは短く「ありがとうございます」と言って片付けに戻る。顔から感情は読み取れないけど、彼女の尻尾は千切れそうなほどぶんぶん振れていた。
喜んでいる……ということでいいのかな?
「さて、こんなものかな」
無事仕分けを終えた僕は「
「それでは明日、お迎えにあがりますね」
「うん。お休みルナ」
一礼し去っていくルナを見送った僕は、新しい生活を楽しみにしながらベッドに入る。
心配な気持ちもあるけど、わくわくもする。早くたくさん魔法の研究をしたいなあ。
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