第15話

「つまり彼女の事は殆ど知らない。そういう事ですか?」


 記者は不服そうにメモを取っている。カメラマンはその後ろでレンズクォークを気だるそうに磨いていた。


「はい。私は彼女の事をしりません。家族も、生い立ちも、名前でさえ知りません」


 記者は頬を掻き、「うぅん」と唸る。メモに書かれた質問リストに線を引き、乱雑に消していった。想定していたよりも少ない収穫に苛立ちを覚えているようだ。


「言える事があるとすれば、彼女は清廉であるだろうという私の憶測だけです」


 やっと出た彼女の特徴らしい発言に、記者が顔を上げる。そのまま記者は身体を前のめりにして、「なぜ憶測なのですか?」と問いかけた。


「そうですね…」


 窓際で、ヤーコブと祖母がこちらを不安そうに見つめている。私は微笑み、祖母に持たされた冥府の美人へ視線を落とす。明るくなった店内で、純白の花びらがシルクのように輝いている。

 おどろおどろしい様相も、太陽に照らされなければ分からない。冥府の美人は、ヘルヘイムでは誰にも負けない美しさがあった。


「――これは私の持論ですが、他者を理解するという事は非常に難しく、そしてそれを多くの人が勘違いしている。「相手を理解できた」と軽々しく言えるのは、”執着の反映”による馬鹿げた妄想と言えるでしょう。貧乏であればお金持ちがずる賢く見え、器量が悪ければ美人が楽をしているように見える。そういった自身が最も気にしている部分を相手に反映し、多くの人はそれで他者を理解した気になる。それは自分の都合の良い解釈であり、自身の弱さと向き合えていない証拠なのだと、私は思っています」


 私は冥府の美人をそっと撫で、「だから」と続けた。


「だから、私が彼女に対して分かる事は何もない。彼女が清廉であるだろうという、私の憶測だけなのです」



 記者達が帰った後、店のシャッターを下ろした。

 時刻は20時。祖父の墓に供えるヘルヴァッキを用意して、スクーグスチルゴゴーデン墓地へと向かう準備を始めた。祖母とヤーコブは2階へあがり、既に支度を済ませていた私は枯れた花を持って焼却炉へと向かった。

 ぱちぱちと弾ける火花を眺めていると、森の奥から光る胞子が飛んできているのに気が付いた。

 淡く、優しい光。

私は誘われるようにして、水路の端をふらふらと歩いた。水面に映る胞子が、波にあおられキラキラ瞬いている。赤い木々とのコントラストが美しい。

 落差工に突き当たり、胞子が流れてくるなだらかな丘をじっと見つめた。


 私はゆっくりと瞼を閉じる。瞼の裏で、イェリヌムに囲まれた彼女が見えた気がした。そのまま鼻からすうと空気を吸い込む。鼻孔を爽やかな香りが抜けていく。


 甘くはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冥府の美人 明楽 悠 @basue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ