第14話
店内に飾った鏡に向かって髪を整える。
鏡に映る自分の後ろで、脚立に乗ったヤーコブがひょっこりと顔を出した。
「なぁ~、お前んとこの祖母ちゃんこだわり強いよ。ランプの角度を直すのこれで6回目だぞぉ」
「あらやだ!照明の角度によってお店の雰囲気がかなり変わるのよ!これから新聞社の人が来るんだから、もっとお花が綺麗に見えるようにしなきゃ」
「だから花屋の取材じゃないの!どんなに花が綺麗に見えても関係ないの!」
二人はぎゃあぎゃあと言い争いを続けている。随分と仲良くなったようだ。
ヤーコブとはアッラ・フェーラシェ・ダーグが終わった直後に再会した。彼は花屋の前で、祖母と一緒に立っていたのだ。私はすぐにヤーコブに勘違いしてしまった事を伝え、謝罪した。そして「鏡、ありがとう」と付け加えると、誤解が解けて嬉しかったのだろう、彼は私の手を取り「俺ここに住むことにしたから!」と言った。
唖然とする私に、祖母が傍らで生暖かい視線を向けていた。
ヤーコブが住むようになって早3カ月が過ぎようとした頃、新聞社から一通の手紙が届いた。
内容は、最高階級へと昇格した戦士の話を伺いたい、というものだった。手紙によるとその戦士はメディアに出る事が少なく、顔すら知られていないのだと言う。
私はすぐにグレンキンスさんの事だと解った。
ちょうど先月あたりに彼女が店へ訪れた時、店内を怪訝に見つめる男がいた。その男は大きなリュックを抱えて、何かメモを取るように筆を走らせていた。不思議に思った私が声をかけると、男は逃げるように去っていったのだ。ヤーコブにその事を話すと、「多分同じ人にグレンキンスって客はいるか?って聞かれたよ」と言っていたから間違いない。
どこかで彼女の噂を聞きつけ、うちの店に通っている事を突き止めたらしい。文面から察するに謎に包まれた彼女の事を知ろうと各国の新聞社が躍起になっているようだ。
たとえ仕事であったとしても、彼女のプライベートを侵害するのは感心しない。
私はその手紙を捨てようとしたが、祖母に止められた。
『うちの花屋が新聞に載れば、グレンキンスさんに会いたいと思う人がたくさんうちに来るはず!集客を増やすチャンスだわ!』
『ええ……?それじゃあグレンキンスさんがお店に来られなくなっちゃうじゃない』
『いいのよ、それで。毎回あの大量のヘルヴァッキを持って帰るのは大変でしょう?この前グレンキンスさんと相談して、グレンキンスさん専用の出張花屋をする事にしたの。ちょうど男手もいるし、ねえ』
祖母が手を向けた先で、ヤーコブが『そういう事!』と満面の笑みを浮かべていた。
ヤーコブは戦士であるグレンキンスさんと話がしたいだけなのではと思ったが、追及する事はやめておいた。花屋に戦士が来るたびに「どこの所属ですか!」「剣触らせてもらってもいいですか!」と騒ぐ彼の事だ。ほかのお客様の迷惑になるよりはいいだろう。グレンキンスさんには申し訳ないが、彼女にヤーコブの好奇心を満たしてもらおう。
私は新聞社の取材を受ける事にした。
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