第10話
ゴンドラに乗っている間、私はほとんど意識が無かった。というのも、スティッグさんが戦士御用達と呼んでいたゴンドラは特急便よりも遥かに早く、乗り心地というものは全く考慮されていなかったからである。私は元々そういった絶叫的な乗り物に乗った経験はなく、肝が据わっているほうでもないので、意識が飛ぶのは当然だった。
赤い森の少し開けた場所に到着し、私は地面とゴンドラがぶつかる衝撃で目が覚めた。
荷物を抱えて降りると、ゴンドラはするするとミズカルズのほうへと登っていき、一緒に乗車していたらしい小さな蜘蛛が窓から手を振っていた。朦朧としながら手を振り返し、遠くから聞こえるゴォンゴォンという鐘の音ではっとした。11時を告げる音だった。
音がした方向へ進むと、赤い森を抜けて礼拝堂へと続く道に差し掛かった。ちょうど墓参りを済ませた家族連れが帰途についている。
スクーグスチルゴゴーデン墓地は広大な丘陵の中にあり、中央に位置する礼拝堂が美しい墓地である。カーヌスクード街よりも大きいその広大な土地はおおよそ10万基の墓が立てられ、今もなお多くの墓地が建てられている。入口から礼拝堂まではおおよそ880mの長い道があり、それは故人を悼むための道のりとされていた。
しかし、今だけはこの長い道のりが忌々しい。この長すぎる道を走るのは一苦労だった。革の鞄は重くて融通がきかない。何度か人にぶつけては謝り、その度に「ママあの人見て~!」と子供に指を刺された。
「あぁ、もう!」
私は悪態をつきながら、周囲に目を配る。
お得意様は背が高く、いつも黒いドレスを着ているので一際目立つはずだ。しかし似たような人すら見つからない。お得意様が帰ってしまったという疑念が頭によぎるが、けれど私には墓地へと走る意外の選択肢が無かった。
礼拝堂に着くと、辺りは眩いばかりのキャンドルが設置され、その神秘性を際立たせていた。礼拝堂の入口に修道女が立っているのに気づき、私は息も絶え絶えになりながら彼女に声をかけた。
「あの、すいません、最近新しく建てられた墓は、どのあたりにありますか。先月戦死した人の、……友人なんです」
友人というのは咄嗟に出た嘘だったが、お得意様を探し当てるにはそれが一番の近道だった。10万基もある墓の中から戦死した人たちの墓を探していたら朝になってしまう。私は心の中で亡くなった戦士達に謝り、修道女に「教えてください、お願いします」と言って頭を下げた。
修道女はこちらの事情を汲み取ると、祈るように手を組んだ。
「先月戦死された方々は、この先の山頂に埋葬されております」
修道女が礼拝堂の後ろに手を向けている方向を見てみると、大きく盛り上がった山が見えた。あれを今から登るのか。そう思うと走りつかれた足が更に重くなる。
項垂れるようにして頭を深く下げ、先へ進もうとすると修道女に「お待ちください」と引き留められた。
「あちらへ行くには許可証が必要になります。お持ちでしょうか」
修道女の言葉に驚いて私がさっと顔をあげると、申し訳なさそうな顔をして目を伏せた。
「お持ちでは無いようですね」
「あ…いや…その…」
私がどもりながらどうしようかと悩んでいると、「ィルちゃん」と聞きなれた声がした。
驚いて振り返ると、宗教音楽会の衣装を着た祖母が立っていた。
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