【糸巻堂の小話】歴代の話

おかぴ

歴代の話

○貸本屋『糸巻堂』


糸巻堂「ずずっ……」


 大滝「ずずっ……」


清太郎「ドキドキ」


糸巻堂「もぐっ……」


 大滝「もぐもぐ……」


清太郎「あのー……せんせ? 大滝さん?」


糸巻堂「……」


 大滝「んー……」


清太郎「ど、どうですか……?」


 大滝「……うむ」


清太郎「ドキドキ」


 大滝「少年」


清太郎「は、はいっ」


 大滝「このきんつば、とてもうまかったぞ」


清太郎「パァァアア……ほ、ほんとですか!?」


 大滝「ああ。私は美食家ではないから詳しい批評は糸巻堂に任せるとして……このきんつばがうまいということは事実だ」


清太郎「やった……『このお店の名物を作ろう大作戦』、成功ですね!」


 大滝「もちろんだ! しかもこれを少年が一人で作り上げたのだからな! 誇っていいぞ少年!!」


清太郎「ありがとうございます! がんばった甲斐がありました!」


糸巻堂「……」


 大滝「いやホントにうまかった! もうひとつ頂けないか少年!」


清太郎「はい! まだいくつか残りがあるので、いくらでもどうぞ!」


 大滝「おお! ……って、糸巻堂?」


糸巻堂「……ッ」


清太郎「? せんせ?」


 大滝「身体が震えているぞ。一体どうしたのだ」


糸巻堂「私は……見誤っていた……」


 大滝「見誤っていた? 少年をか?」


糸巻堂「ああ……清太郎の実力を見誤っていた自分が、実に腹立たしい……ッ」


 大滝「どういうことだ?」


糸巻堂「私は清太郎を過小評価していた」


 大滝「そういうことか。なら納得だな。たまには私と意見が合うことも……」


糸巻堂「清太郎!」


清太郎「はいせんせ!?」


糸巻堂「素晴らしい! お前の才能には驚かされた!」


清太郎「ホントですか! ありがとうございます!!」


糸巻堂「清太郎がなるべきものは私の夫ではなく、妻だったとは!!!」


清太郎「は?」


 大滝「!?」


糸巻堂「日々の仕事で培われた家事の技能はすでにこのお店にとって必要不可欠。それに加えてこの料理の腕前……清太郎がなるべきものは私の夫ではなく妻だった。私はそこを見誤っていた……ッ!!」


清太郎「あのー……せんせ?」


糸巻堂「いやわかっている! 言いたいことはわかっているぞ清太郎! 清太郎も男子だ。夫として私を支えたいというのだろう?」


 大滝「誰も少年にそんなことを望んでいないし少年自身もそんなこと望んでいないッ!?」


糸巻堂「お前は黙っていてもらおう大滝! どうだ清太郎? 私は店を持っているだけでなく使い切れない資産もある。一生金に苦労はさせないぞ!? 清太郎の夫としてこれだけふさわしい女がいるだろうか!? いいやそんな者はいやしない!」


 大滝「落ち着けって!」


清太郎「ははは……」


糸巻堂「これからもこの店は私が切り盛りする。その代わり清太郎は、妻として私を支えてくれないか?」


清太郎「今も、支えてますけど……はは……」


糸巻堂「では契ろう! 私たちに足りないものはたった一つ、愛の契だ!!!」


糸巻堂「早速今晩の準備だ! 私が夫で清太郎が妻だから……」


 大滝「……」


糸巻堂「あ待て……浴衣から覗く清太郎の太ももと胸元……オフ……」


糸巻堂「寝床で浴衣が乱れた清太郎が……」


糸巻堂「涙目で『せんせ……ぼくを、可愛がってください……』とか言ってきたら……」


糸巻堂「ブバッ」


 大滝「少年……」


清太郎「はい……」


 大滝「身の危険を感じたら、警察に行くのだぞ……」


清太郎「きっと……大丈夫、です……ハハハ……」



○数分後


 大滝「少しは落ち着いたか糸巻堂」


糸巻堂「私はいつだって冷静だ」


 大滝「あの凄まじく変態的な妄想を冷静に垂れ流していたのか!?」


糸巻堂「私の清太郎への愛は常に冷静に燃え上がっているんだ!!!」


清太郎「ハハハ……ところでせんせ?」


糸巻堂「パァァァア……なんだ清太郎? 何かご褒美がほしいのか?」


 大滝「その言葉におぞましいものしか感じないのは私の気のせいだろうか……」


清太郎「ご褒美ってことではないんですけど、ちょっと教えてほしいことがあるんです」


 大滝「ほう。珍しい」


糸巻堂「なんだ。将来の夫である私のことを知りたいのか? ならいつでも言ってくれればいいのに。私の名前は糸巻堂。好きなものは清太郎で、嫌いなものは大滝だ」


清太郎「いえ先生のことじゃなくて」


糸巻堂「ガーン……」


 大滝「珍しい光景だ。糸巻堂が少年の言葉に癒しがたい傷を負っている……」


糸巻堂「大滝。腹いせにあとでお前を確実に殺す」


 大滝「なんで!?」


清太郎「まぁまぁ。それで、教えてほしいことなんですけど」


 大滝「少年にとっても私の命は軽く流される程度の重さッ!?」


清太郎「ほら、先生は三代目の糸巻堂じゃないですか」


糸巻堂「まあな」


清太郎「んで、翁仮面さんも三代目なんですよね?」


糸巻堂「らしいな。三代目と同様にアホだったのかはしらんが、翁仮面も三代続いているぞ。ずずっ……」


 大滝「……ッ!」


清太郎「んで、歴代の糸巻堂と翁仮面の方々って、やっぱり先生と翁仮面さんみたいに仲よかったのかなーと思って」


糸巻堂「仲がいい!?(ガタッ)」


 大滝「私とこの糸巻堂が!?(ガタッ)」


清太郎「へ?」


糸巻堂「チラッ」


 大滝「……ん、あー、おほん。少年から見ると、このショタコンと翁仮面が、仲良く見える、とな」


清太郎「はい。違いますか?」


 大滝「違うというか何というか……」


清太郎「まぁそれはいいんですけど……せんせ、昔のこと、ご存知ですか?」


糸巻堂「んー……まぁ、一応知ってはいるが」


清太郎「では教えて下さい!」


糸巻堂「んーそうか? では……」


糸巻堂「翁仮面の方はどう受け継がれているのかはしらんが、糸巻堂の名は代々血縁が継いでいる。私の祖父……つまり先代のこの店の店主が二代目で、その祖父……つまり、私の高祖父(こうそふ)が、初代糸巻堂だ」


清太郎「そんなに昔から続いてる由緒ある名前だったんですね~……」


糸巻堂「歴代の翁仮面も、それぞれ同じ時期にいたらしい。初代同士はライバルだったそうだ……」



○回想 初代 江戸末期の長屋通りの夜


初代翁『ダハハハハハハ!! 岡っ引き諸君!! お勤めご苦労ッ!!!』


初代糸『出やがったな翁仮面!!!』


初代翁『おやおや! そこにいるのは糸巻堂じゃねーか! 今回もワシの勝ちだな!!』


初代糸『まだわかんねーだろ! これからお前をふん捕まえれば俺の勝ちだ!!』


初代翁『たしかにそうだ……だかな! お前にそれが出来るかな!?』


初代糸『なんだとッ!?』


初代翁『この翁仮面についてこられるというのなら、追いかけてみるがいい!! とうッ!!(バヒューン)』


初代糸『あッ!』


初代翁『ダハハハハハ!!! どうだこの翁仮面のスピードは!! さしもの糸巻堂といえども追いつけまい!!!(ドタドタドタ)』


初代糸『待ちやがれぇぇええええ!!(ドタドタドタ)』


初代翁「なんだとッ!? な、並びやがった……!?(ドタドタドタ)」


初代糸『(ドタドタドタ)』


初代翁『(ドタドタドタ)』


初代糸『俺のほうがはええな、翁仮面ッ(ドタドタドタ)』


初代翁『カチーン』


初代翁『負けてたまるかぁぁあ!!!(ドタドタドタ)』


初代糸『あっ! 俺を抜かしやがったこんにゃろッ!』


初代翁『ワシの方がはーやいー!(五歳児のノリ)』


初代糸『てめ!!』


初代翁『ダハハハハ!』


初代糸『こんにゃろッ!』


初代翁『なッ!? ワシを抜かしただとッ!?』


初代糸『あっはっはっはっ! おーれのーの勝ちー!!(五歳児のノリ)』


初代翁『この小僧がぁあ!!!』



○貸本屋『糸巻堂』


糸巻堂「……とまぁ、こんな感じだったらしいぞ」


清太郎「やっぱり仲いいんですね!」


 大滝「というか、意地の張り合いをしている五歳児のようにも聞こえるな」


糸巻堂「こうやって、初代は互いにしのぎを削る宿敵同士だったというわけだ」


清太郎「なるほどー。んで、二代目の人たちも同じようにいつもふたりで遊んでたんですか?」


 大滝「……まぁ、遊んでるように聞こえるよな……けどな少年……」


糸巻堂「いや。二代目は恋仲だった」


清太郎「へ!? そうだったんですか!?」


糸巻堂「ああそうだ。ずずっ……」


 大滝「ずずっ……」


清太郎「お、男の人同士でですか!?」


 大滝「ブハッ」


糸巻堂「ブホッ」


清太郎「はわわわわわわわわ……お、男の人同士で恋仲……あばばばば」


 大滝「落ち着け少年……二代目の翁仮面は女性だ」


清太郎「へ?」


糸巻堂「ああ。二代目の翁仮面は私の祖母だ。恋仲になった二人はやがて一緒になり、そして家庭を作った」


清太郎「そうだったんですか~……ホッ」


 大滝「しかし普通は翁仮面の性別の方を疑うだろうに……よりにもよって男色の方を疑うとは……まさか少年」


清太郎「……はい? どうしました?」


 大滝「じー……」


清太郎「……? なんですか?」


糸巻堂「清太郎に卑猥な眼差しを向けるな大滝。殺すぞ」


 大滝「言っておくが少年を一番性的な目で見ているのはお前だからな糸巻堂!?」


糸巻堂「私と清太郎は将来を誓い合った仲だぞ!!! 身も心も互いのものだ!!」


 大滝「そんな事実は微塵もないッ!!!」


清太郎「まぁまぁ……それで、二代目の方たちはどんな感じだったんですか?」


糸巻堂「あ、ああ。祖父と祖母に聞いた所によると、糸巻堂は端正な顔だちのいい男、翁仮面の方は容姿端麗のいい女だったようでな……」



○回想 二代目 明治中期 帝国ホテル前  


二代翁『ァァアアアッハッハッハ!!! おまわりのみなさーん! おつとめご苦労さま!! 今宵も私の勝ちよ! 至宝『オアフの金塊』はいただいていくわ!!!』


二代糸『待て! 翁仮面ッ!!!』


二代翁『……!? こ、この麗しきお声は……ッ!』


二代糸『今日こそ貴様を捕まえ、そして罪を償わせる!!!』


二代翁『糸巻堂……さま……』


二代糸『今からそちらに行く! おとなしく待っていろ翁仮面ッ!!!』


二代翁『そ、そんな……糸巻堂さまが、わ、私の……おそばに、来て、くださる……?』


二代翁『だ、だめよ……私は天下の大怪盗、翁仮面……そしてあの人は、世紀の名探偵、糸巻堂……あの人と私が、結ばれるはずなんてない……』


二代翁『でも、この胸の高鳴りは何……あの人がおそばに来てくれるというだけで……たったそれだけで、なぜ私の胸はこんなにも締め付けられ、そして苦しいほど高鳴ってしまうの……?』


二代糸『よしッ……やっと屋根に登った……! 今行くぞ!!』


二代翁『へ……?』


二代糸『そこを動くなよ!! 絶対に逃げるなぁぁああ!!!』


二代翁『ずきゅぅぅぅうううううん』


二代翁『ダメよ! 来てはダメ! 私とあなたは、結ばれてはいけない運命なのよ!?』


二代翁『そうよ! 私は翁仮面であなたは糸巻堂……いわば敵同士! 私とあなたは、戦う宿命にあるのよぉぉおお!!』


二代翁『だから私は! 涙を拭いて! あなたと戦わなければならないのよぉぉおお!!』


二代糸『!? ……体当たりだと!!』


二代翁『糸巻堂! 覚悟ぉぉぉおおおお!!!(ダキツキッ)』


二代翁『ぁぁああんっ♪』


二代糸『なッ!?』


二代翁『ああっ……捕まってしまった……私はあなたの愛の罠に、かかってしまったというのね……』


二代糸『……よしッ! 捕まえたぞ翁仮面ッ!!!』


二代翁『これで、翁仮面の歴史も終りね……でも、後悔はないわ……あなたに捕まって、あなたの腕の中で、終りを迎えることが出来るんですもの……』


二代翁『そうよ……これは、決して交わることのない、お砂糖とお塩のような二人の間に芽生えた、悲劇の恋慕……でも、これから先、どんな困難も、あなたとなら乗り越えて見せる……その覚悟を私にくれたのはあなた……糸巻堂さま……あなたを、心から愛しているわ……』


二代糸『翁仮面、確保だぁぁあああ!!!』



○貸本屋『糸巻堂』


糸巻堂「……とまぁ、こんな感じだったんだそうだ」


清太郎「やっぱり仲良かったんですね!」


 大滝「仲いいというか何というか……」


糸巻堂「その後、二代目翁仮面は仮面を取って引退。二代目の糸巻堂……つまり私の祖父と結ばれ、幸せな家庭を築いた」


清太郎「先生のおじいちゃんとおばあちゃん……先代のお二人の写真とか無いんですか?」


糸巻堂「あるよ? 今度実家から持ってこようか?」


清太郎「いいんですか!? ありがとうございます!」


糸巻堂「清太郎の笑顔……ハァハァ」


清太郎「それはそうと……」


 大滝「? 少年どうした」


清太郎「二代目の糸巻堂と翁仮面が結ばれて、先生のお父さんが生まれた……」


清太郎「てことは、先生と翁仮面さんも、そのうち恋仲になったりするかもしれませんね!」


 大滝「ぇえ~……(ゲソォ~)」


糸巻堂「ブワッ」


清太郎「……へ?」


 大滝「ないわ~……少年、それはないわ~……」


糸巻堂「せいたろ~……お前の口からそんな言葉は聞きたくなかったぞぉ~……ブワッ」


清太郎「ぇえ~? ぼ、ぼく、何か、変なこと言いました?」


糸巻堂「私は清太郎のものなのに……それなのに、そんなこと言われたら私はぁ~……ブワッ」


清太郎「ぇえ~……」


 大滝「いやぁ~少年……ある程度の辛辣な言葉なら私も慣れてるし聞き流せるが……それはないぞ少年……糸巻堂と翁仮面が結ばれるなんて……考えるだけでもおぞましい……ないわ~少年……(ゲソォ~)」


糸巻堂「ダメだ……ショックが大きすぎて立ち直れない……今日はもう閉店しよう……ヒグッ……」


清太郎「は、はいせんせ……」


おわり

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