第4話 蓄光文具のように微かに光る心の中

 小さくて、美しくて、役に立つ。そんな文房具に囲まれて毎日を過ごすことが岡崎の生きがいだった。社長から直接依頼された仕事とはいえ、毎日会議室にこもっていると、岡崎はみるみる元気がなくなっていった。「最近仕事が全然おもしろくない。YouTubeいろいろ見てるけど、ピンとくるものがないし。あ、もう夕方だ。一日終っちゃった。」

 帰宅の準備をしていると、間仁田からメールが入った。

 件名「お元気ですか?」本文「一角で飲んでいるけど来ない?」

 岡崎は立ち上がった。「行こうかな。」

 店に入るとそこにはいつものメンバーがいた。間仁田、内野、大平、そして、ブッコロー。


「ブッコロー、いたんだ。」

「よお、文房具王になり損ねた女じゃん。元気だった?」


 ああ、いつもの毒舌。でも、これは自分に気をつかってくれているのかもしれない。優しさの裏返しの照れ隠しなのかな、そう感じている岡崎がいた。


「ねえ、ブッコロー、雅代とうまくいってる?」

「こんなところでそんなこと言えないよー。」


 そこに大平が入ってくる。


「なかよしだよねー。」


 大平は既にかなり飲んでいる様子だった。


「ザキさん、何食べる?」


 間仁田が聞いてくれる。岡崎は伝える。


「から揚げ!」

「よく鳥の前でから揚げ頼めるなー。」


 ブッコローがからんでくる。今はそれも心地良い。また間仁田がグラスを持って立ち上がる。


「今日はザキさんが元気になるように、乾杯。」

「かんぱーい。」


 岡崎はやっぱり仲間っていいものだ、と改めて思った。そして目の前のブッコローを見て、私、ブッコローが好きなのかもしれない。と気付いてしまった。「えっ、どうしよう。いや、この気持ちは口にしてはいけない。」しかし、その想いは、畜光文具が暗闇の中で放つ微かな光のようにはっきりと今、認識できてしまった。そして、それは、もう、消すことはできない。岡崎はグラスに手を伸ばす。


「ザキさん、今日は飲むねえ。」

「間仁田さん、ハイボールおかわりお願い。」

「大丈夫?」


 そして何杯飲んだか自分でも分からなくなった頃、岡崎は叫んでしまった。


「私、ブッコローが好き。」


 あわてて間仁田が止めに入る。


「どうしたんだ、ザキさん。」

「ブッコローの彼女は私なんだよ。」


 大平も負けていない。


「だけど、私、もう自分をだませない。私、文房具王になり損ねた女だけど、ブッコローの彼女になり損ねた女にはなりたくないの。」


 言ってしまった。岡崎はとうとう心の奥に秘めておくべき言葉を言ってしまった。


「そうかい。わかった。で、ブッコロー、私かザキさんか、どちらを選ぶんだい?」


 大平がすごむ。ブッコローは答える。


「なんだよ、この展開。それじゃあ、俺のことをよく知っている方がいいな。」

「それはどうやって決めるんだ?」


 と間仁田が尋ねる。


「ブッコロー検定で勝負を決めたら?」


 と内野が提案する。


「よし、わかった。ブッコロー検定で勝負だ。」


 間仁田が仕切りはじめた。もう止まらない。岡崎は困ったことになった、と思った。なぜなら、「私、文具検定もそうだけど、検定っていうものがそもそも苦手なんだけど。」

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