第2話 ガラスペンが心に刺さったような痛み
有隣堂伊勢崎町本店は岡崎の職場だ。長年勤務しているため、どこか落ち着ける居間のような感覚がある。芸術品のような美しいガラスペン、様々な色、匂いのするインク。お気に入りの文房具に囲まれたこの職場が岡崎は好きだった。
大平から急に相談したいことがあると連絡があったときも、岡崎は「じゃあ、私の職場に来て。そこで話しをしよう。」と大平に伝えていた。
大平は約束した時間通りにやってきた。岡崎が勧めたいすに座るとすぐに大平は話し始めた。
「こんなことザキさん以外には相談できないからさ。」
「何、改まって。雅代ぐらいだよ、私に相談ごと持ってくる人って。」
「ほら、この前の残念会のときにいた、ブッコローって覚えてる?」
「覚えてるよ。無神経な口の悪い鳥でしょ。」
「ひどい言い方。よっぽど印象が悪かったみたいだね。」
「そうよ、普通は準優勝おめでとう、って言ってくれてもいいのに、優勝しなければ意味がないとか、お前は文房具王になり損ねた女だとか。」
「確かに言い方は問題あったけど、その後ザキさん元気出たじゃない。から揚げぱくぱく食べていたし。」
「そういえばそうね。」
「下手になぐさめるより、ああいう風にズバッと言われた方があきらめがつくじゃない。」
「まあ、そうかなあ。」
「私、あれはブッコロー流の優しさだと思うんだよね。で、あれ以来、私、ブッコローのことが気になっちゃって。」
「優しさかなあ?え?気になってるって、どういうこと?」
「いや、あの、ブッコローって彼女いるのかな?」
「え、雅代どうしたの。あの鳥とつきあいたいってこと?」
「ザキさんから、ブッコローに聞いてくれないかな。」
「なんで私が?」
「お願い!」
大平が岡崎を拝む。
「しょうがないなあ。でも電話番号知らないよ。」
「内線があるじゃん。」
「内線でかけるの?」
岡崎は内線電話の受話器を持ち上げるとブッコローに電話をかけた。
「はーい、ブッコローです。ああ、ザキさん、いや、文房具王になり損ねた女じゃん。どうしたの?」
「その言い方やめてくれません?」
「だから、要件は?」
「えーっと、ブッコローって、彼女いるの?」
「なにそれ、突然。ザキさん、俺とつきあいたいの?」
「そうじゃないけど。」
「そうじゃないんだ。じゃあなんで?」
「実は雅代から頼まれて。」
「大平さんが?まじで?」
「だから、彼女、今いるの?」
「いないよ。」
「じゃあ雅代のこと、どう?」
「いいよ。」
「え?」
「だから、いいよ。つきあうよ。大平さんと。」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
「そんな簡単に決めていいの?」
「何言ってんの。いいって言ってんじゃん。」
「わかった。」
岡崎は電話を切る。大平が心配そうな顔で聞いてくる。
「どうだった?」
「いいよ、だって。」
「告白成功ってこと?」
「そうみたい。」
「やったー、ありがとう、ザキさん。」
「別にたいしたことしてないし。よかったね、雅代。」
「じゃあね。」
と言うと、うれしさを背中一杯に表現しながら、大平はフロアから出ていった。ひとり残った岡崎は店内を見つめた。なんだろう、この感じは。胸の奥がチクッと痛いような感覚。「まるでガラスペンが胸に刺さったみたい。」
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