第1話 どうせ私は文房具王になり損ねた女

 岡崎弘子おかざきひろこが電車を乗り継いで地下鉄日比谷駅についたのは18時35分だった。「ちょっと遅れちゃった。」小声で独り言を言いながら日比谷セントラルマーケットに入る。「残念会なんて開いてくれなくていいのに。」自分が落ち込んでいることを周囲に知られるのはちょっと嫌だった。気を遣われることは得意ではない。エスカレーターを降りて、レストランフロアに着いた。人の多さに今日は金曜だったことに岡崎は気づいた。「でも、今日は飲んじゃおうかな。」

 店はすぐにわかった。「居酒屋一角」と書かれた入り口を入ると、店内はほぼ満席で、岡崎が入ったことを気にしている人は店員を含めていなかった。「みんなどこにいるんだろう。」


「ザキさん、こっち。」


 ようやく聞き覚えのある声がした。声の方向を見ると、大平雅代おおひらまさよの顔が見えた。


「ここ、座んなよ。」


 テーブル席にいたのは、いつものメンバーだった。「私、はじっこでいい。」そう言ったが、岡崎は真ん中の席に座らされた。大平に、「ザキさんは今日の主役なんだから真ん中座りなよ。」と言われれば従うしかない。


「全員そろったから、今日の幹事の僕がかけ声やるね、じゃあ、乾杯!」


 そう言って、間仁田亮治まにたりょうじがビールの入ったグラスをテーブルの中央に掲げると、全員が同じ動作をしてグラスを当てた。カチャカチャと音を立てながら、岡崎は内野美穂うちのみほが来ていることに驚いた。「美穂ちゃん来てくれたんだ。」



「そりゃあ来るよ。ザキさんの残念会だって聞いたから。」

「うれしい。」


 さらに岡崎は、間仁田の隣に見慣れない人というか鳥がいることに気づいた。「あれは誰?」と間仁田に尋ねると、


「ああ、こいつは今年広報部に入った新人。鳥類なんだ。名前はR.B.ブッコロー。ほら、ブッコロー、岡崎にあいさつしなよ。」

「こんちはー、ブッコローといいます。間仁田さんに誘われて、何の会かわからないけど、なんとなく来ちゃいました。」

「何の会かわからないって?さっき教えたじゃん。今日は、岡崎さんの残念会。この前、テレビチャンピオンっていう番組の文房具の回に出て、いいところまで行ったんだよ、なあ、岡崎。」

「そう、準優勝だったの。最後の最後で負けちゃった。」

「それでもそこまでいけただけでも十分すごいよ。」


 間仁田はそう言ってなぐさめてくれる。


「でもくやしくって。あとちょっとだったのに。」


 そう言う岡崎に向かってブッコローは言った。


「そうだよ、負けたら意味ないじゃん。社員に文具王がいますって言えば宣伝になるのに、がっかりだよ。」

「そんな言い方ないじゃん。ザキさんだってがんばったのに。」


 内野がフォローしてくれる。それでもブッコローは言葉を止めない。


「がんばっても結果が出なかったらだめでしょって言ってんの。」

「まあここはおいしいものでも食べて、楽しくやろうよ。」


 間仁田が間に入ってくる。


「店員さん、この店のおすすめの料理をお願い。」

「はーい、これどうぞ、当店自慢のから揚げです。」


 店員の横田ひなのが明るい笑顔で、皿いっぱいのから揚げをテーブルに置く。


「おお、うまそう。」


 大平が早速箸をのばす。


「うまい、うまい。」

「おいしいでしょ。当店自慢の人気商品なんですよ。」


 横田がうれしそうに言う。

 岡崎もから揚げを食べる。「うん、おいしい。だけどこのブッコローっていう鳥、感じ悪い。」

「それにしても岡崎さんはよく俺という鳥の前で鳥を食えるな、チャンピオンになれなかったくせに。決めた今日から、岡崎さんのことは、文房具王になり損ねた女と呼ぼう。」

「なにそれ。そういうブッコローだって鳥のくせにえらそうだよ。」


 残念会はなんとなく気まずい雰囲気のまま終わってしまった。折角の残念会が本当に残念な会になってしまった、と岡崎は思った。「私、ブッコローのこと嫌い。」

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