夢に「言葉」を入力。
私はそう言われて、何を言っているんだと思った。席を飛び降り、彼が服を着る時に使っている姿見へ赴く。
そこには、真っ白な身体で、耳だけまるで灰を被ったような色をしたうさぎがいる。
それはそうか、と思った。ここまで来て、やっと思った。彼のうさぎの夢にも元ネタが居るはずだ。彼はインターネットを調べるような人じゃない。病気にそんな詳しいはずがないんだ。
そこで、彼が私の呼ばれ方に怒っている理由がわかった。間違っているのは配達員ではなく彼だ。それは配達員も困るだろう。どう考えてもめんどくさい飼い主だ。むしろよく最後までにこやかに帰ったものだと思う。
ああそうか。私は、
うさぎだったのか。
いや、でも、なら私は自分を何だと思っていたんだろうか。
わからないから、本当に困った。彼の言うところの私のオリジナリティーが、薄れてしまうような気がした。
「うさぎは言葉が分かるなんて言われてたけど、本当に分かっていたような気がするから、ずっと話しちゃうな」
そうだ、私は言葉が分かる。彼の言っていることが分かる。なら、私は誰だ。
「まるで人間みたいだったんだよな」
ニンゲン。ここに来て、初めて聞く単語が混じった。でも、何かしっくりくるような。きっとそれだ、私はそれだったんだ!
「元人間のうさぎか。ありかもな。聞いた事の無い題材だ。小説に組み込んだら、きっと完成する!」
本当だろうか。私の思い込みで彼の小説が完成するならそれ程良いことは無い。
今思えば、会話が成立したことなんて一度も無かった気がする。いつも話を聞かせてもらっていた気がする。でも、気持ちはいつも通じていた。会話が成立しているみたいに。
そう思ったら、私のオリジナリティーはどうでもいい気がしてくる。彼の話を聞いて、彼の小説を聞いて、それでいい気がしてくる。
彼の小説が面白いかなんて、どうでもいい気がするんだ。
「ありがとう、また君に助けられちゃったな。前は、そっか、一年前、僕があの人を失った時、捨てられてたお前が慰めてくれたんだっけな」
自分の気持ちを伝えたいだけなのに、こんな時だけ気持ちがすれ違う。未来の話をしているのに、彼は過去を見ている。
「あ、満月だ」
彼が、窓の外に目を向ける。そこには、大きな大きな満月が出ていた。いつも彼と話をしているのは朝なのに、どうして今日は夜なんだろうか。
「そっか、もう、一年になるのか。君が来てから。✕✕✕が居なくなってから」
どうして、知らない名前を聞いたことがある気がするんだろうか。でも、彼の目は穏やかだ。言葉も創作も無いのに、とても穏やかな目をしている。なら、それでいいんだろうか。次のこの日、八月三九六日にも今日を模倣して二人で満月を見れるなら。
程々にオリジナルを探しつつ、思い出を模倣していけば。
八月三九六日 お望月うさぎ @Omoti-moon15
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