半端な夢を誰かに配る。

 僕は目を覚ました。部屋は、電源を入れるタイマーをつけておいた冷房のおかげで涼しい。冷房を入れたまま、窓を開けて外の空気を取り入れる。少しの罪悪感と、少し乾燥した風が吹いてくる。

 日付は八月三十日。時刻は朝の六時半。疲れが残った頭を、部屋にあるペットボトルのお茶で濁す。

 おかしかった。いつもあの深夜作業を行うと、頭の中にあるイメージが固まってスムーズに進むのに、今回は進まない。主人公の道が見えない。始まりは決まっている。主人公がどのように生まれるのか。どのような敵がいて、どんな味方がいるのか。終わり方も何となく見つかっている。彼ならどこまで辿りつけるのか。何を見つけられるのか。ここまではいつも通り決まったのに、その真ん中がどうしても思いつかない。ドーナツみたいに穴が空いている。すこし、自分に重ねすぎたのだろうか。そうなのかもしれない。前にも同じことがあった気がする。中間が思いつかず、どうしても筆が進まない。

 あの時、どうしてそうなったんだっけ。それで、どうしたんだっけ。

 それでもお腹はすくもので、僕は部屋を移動していつもの部屋に行く。そういえば、パンを切らしていた。棚の隅にあったオートフレークを器に出し、牛乳を流し込む。液体を見て思い出す。水のピッチャーが残り少なくなっている。君のために水を足した。君はミルクが嫌いだ。正確には好きみたいだけど、摂ろうとはしない。自重しているみたいだ。

 席に着くと、いつも通り君は席に座った。いや、今日は初めから隣に座った。お見通しみたいだ。

「今日は夢を見なかったよ。いや、そんな毎日見るものじゃないけどさ、最近はとんと話をする機会が減っちゃったから。今の創作がちょっと手詰まりで困っているんだ」

「うん」

「何が嫌ってさ、今何が創作の手伝いになるものを探すと、それに大きく影響されてしまいそうなのが嫌なんだ。今、僕はオリジナリティーを感じている。これは書ききって見直してみればネタが割れてしまうものだとしても、それは完成まで残したい。だから今僕はサバイバルしているのに近い。段々なくなっていく言葉と、もうすぐ脱出できそうだという希望。このふたつに追い回されている」

「大変だね」

「言葉はとても難しい。一歩間違えれば何を言っているのかさえ分からなくなってしまう。けれど、一歩間違えればありきたりな表現にしかならない。雨を雨と言っても面白くないし、天の水といっても伝わりはしない。けれど、この谷を超えれば、そこには誰も触ったことがない言葉が眠っているはずなんだ。僕はそれが欲しい。それを見つけるために言葉を連ねていると言っても過言では無い。作曲は結局ドレミの十二音階でしか試行錯誤出来ないが、言葉は五十ある。きっと、きっと何かがあると僕は信じてるんだ」

「そのためなら、実は設定のオリジナリティーなんてどうでもいいのかもしれない程に、僕はそれを求めている」

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