明日ケの日、言葉はハレ。

 私はいつもの席に着く。眠そうな彼が少し遅れて席に着く。彼は私に気づき、笑ってから欠伸をした。

 私は知っている。彼はいつも決まった時間に寝るが、創作を始める時だけは深夜まで起きる。設定を練っているのか、何を用意しているのかは知らないが、決まって彼は眠そうに起きてくる。

「眠そうだね」

「おはよう、今度は幽霊だった」

 眠そうだけれど、また夢の話をするようだった。私は耳をそちらに立てる。

「噴水のある村でさ。彼氏と姉が居たんだ。その日はデートをするために裏山にある墓から出てきてたんだ」

彼は少し俯いた。私は向かいあわせの席から、隣の席まで移動する。

 そうすると彼はいつも決まって私の頭を撫でる。こうすると落ち着くらしいのだ。私としても嫌ではなかったので、されるがまま放っておく。

「その幽霊さ、村の雨乞いの生贄になってたんだ。でも、村の外聞のために、母を探す旅に出て死んだ、ってことになったんだ」

「そうなんだ」

「僕はそれが、なんていうんだろうな。許せなかったんだ。なにより、彼女が納得しているのが、本当に許せなかった。よくあるような怨霊で居て欲しかった。だって、不遇な運命の幽霊が納得してるのが悲しいほどオリジナリティーがあると思ったからだ」

「自分で考えたんだから、良いんじゃないの?」

「僕はこの時、初めて気付いたんだ。夢で見たものは、自分で思いついたように感じられないんだよ」

 彼はパンをトースターに持っていきながらそう語る。声音は半笑いだったけれど、朝で電気をつけていないキッチンに入る、彼の背中は暗かった。

「前言っただろ? 自分が見た夢は、何が元になっているのか、何となくわかる。だからもしその時元が分からなくても、逆説的に自分で考えたように思えない」

「うん」

「だから僕はオリジナリティーを出そうとして、そこに設定を加えた。その幽霊は実は生きていて、生贄になる一日前に好きな人一人に会えるんだ。この物語の主題は未練の行先。けっして綺麗な幽霊の話じゃない、ってね」

「そうなんだ」

「提出したら最後の部分が不要だって言われたよ。そう、オリジナリティーは不要だったんだ」

 彼はそう言って黙る。かけてあげる言葉は見つからず、トースターのカリカリとメモリが回る機械音だけが響いたあと、完了の鐘の音がなった。

「好きなミュージシャンが居るんだ。ロックなのにやけに文学的な言葉で歌う、そんなバンドがいてさ。今日アルバムの発表があったんだ。題は、色んな名作を切り貼りする音楽。そこに価値はあるのか、っていう題」

「また盗られたんだ。僕が考えてたオリジナリティーの結論は、またオリジナルじゃなくなった。一番じゃないなら、それは誰かのパクリでしかない。模倣なんだ」

「そっか」

「模倣なんて、したくないんだ」

 トースターは、少し焦げていた。

 私は今日も野菜で、葉っぱの着いた人参を食べた。

  ピンポーン、と電子音がなる。今日は色んな音が鳴る。

「うわ、もうこんな時間か」

 びっくりした彼は、横にあった棚に肩をぶつける。その衝撃で写真立てがひとつ落ちてくる。そこには、若い男女二人が写っている。ふとそれを見た彼は、ぼう、とした顔になる。

「懐かしいな、もう一年か。」

 一体その人が何かはわからないが、何故か懐かしい感じがした。ただ、今は電子音に反応しなければ。先行すると、彼はハッとしたように後を追ってきた。

 彼と一緒にその音の主に出る。配達員だった。

「おはようございます」

「はい、ご注文の野菜パックです」

「いつもありがとうございます。彼女も喜びます」

 さっきまでの苦しげな声を隠して、彼は対応している。

「はは、可愛らしいですね」

「そうですね、僕の自慢の彼女です」

「メスなんですか」

「……ええ、まあ女性ではありますね」

 私のことだろうか。どんな呼び方でもいいのだから、お礼だけ伝えて帰えってもらえばいいのに、そう思った。

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