三節 三者面談

 二者面談の時期が終わると、席替えが行われ、僕は最前列から真ん中くらいの席に移動した。


 隣には友貴が、ひとつ後ろの席には伊藤さんがいる。小林君は離れているが、知り合いが多い席になった。

 友貴は以前の言葉通り、勉強はかなり頑張っているようだった。話題のほとんどは勉強だが、友貴とはよく話すようになった。


 伊藤さんはというと、どうやら人見知りをする性格だったようで、改めて話してみると、案外気さくな人だった。

 また、わかりやすい感情表現をするので、裏表を感じさせることがない。そのため、各々がクラスになじんできたころには、自身の明るい性格も相まって、伊藤さんはクラスの中心的存在になっていた。


 そうして段々と交流は増えていき、夏休み前には、友貴と小林君だけでなく、伊藤さんともかなり話すようになっていた。


「ねえねえ、模試どうだった?」


 後ろにいる伊藤さんが、机から身を乗り出して聞いてくる。


「まあまあかな。国語はよかったけど他はふつう。伊藤さんは?」

「私は数B以外けっこうできたよ」


 僕の学力はあまり伸びていない。伸び悩む学力に、最近は勉強の意欲も落ちてしまっている。

 特に何かがあったわけではないが、漠然とした受験の不安に、どこかやる気が散ってしまっていた。

 もともと僕には、勉強くらいしかすることもないはずなのに。

 模試の合計点数は、伊藤さんのほうが少し高かった。



 そして、三者面談の季節がやってきた。

 いつも通り僕は中川先生に事情を話した。そして中川先生も、今までの担任の先生と同じく、快く引き受けてくれた。


 家についた僕は、大学のことを調べながら親を待った。

 いい加減大学も決めなければいけない。でも、別段僕は何かを学びたいわけでもない。働きたくないから、進学の道を選んだだけだ。


 得意なこともやりたいこともなくて、なんとなくで選んだ経済学部。学費の安さだけを見て決めた、国公立という目標。滑り止めだって決めなければいけないはずなのに、僕はまだ第一志望の大学さえ決められない。

 今のままの学力だと、地方の国公立を受けることになるだろう。選択肢はかなり少なくなっているはずだ。


 だけど、僕はそれで構わなかった。大学にさえ行けるのなら、四年という猶予が得られるのなら、僕はそれでよかった。



 父と薄暗い廊下を進む。二年の教室がある三階は、教室の電気がいくつかついていた。

 通り過ぎる扉のガラスを横目で見ると、他クラスの人がまだ面談をしているようだった。二年にもなれば、相談することもあるのだろう。

 僕も、長くなるだろうか。


「失礼します」

 自分の教室にたどり着き、扉を開ける。先生は立ったまま、教室後ろの掲示物を見ていた。

 もっと、急いで来るべきだった。


「あ、こんばんは。どうぞおかけになってください」


 先生は僕たちに気付くと、笑顔で促した。


「すみません、遅くなってしまって」


 父は座る前に中川先生に向かって言った。


「いえいえ、お忙しいところありがとうございます」


 いつものやり取りが終わるのを待ってから僕は座った。


「玉木くんの志望校は、国公立の方は遠い所もありますが、私立は近場の学校ですね。国公立だったら下宿ということだと思いますが、そこは家庭的には問題ないですか?」

「ええ、本人がそうしたいのならそれでいいと思います」

「わかりました。下宿は大丈夫……と」


 先生は資料に書き込みながら話を進めた。


「学力的には、これから次第ではありますが、十分狙える範囲かと思います。それで私立の滑り止めですが、玉木くんはこれでいい感じですか?」

「まあ、そうですね……もうちょっと受けたほうがいいですか?」


 僕は名前の知っている大学を雑に選んで書き込んでいた。私立のことなんて、まだ何も知らない。


「受けるかどうかは玉木くん次第ですが、一応もう少し上の方の大学も受けたほうがいいかなと思います。特にこだわりがあるわけではないならですが」


 こだわりがないのは、何も私立だけの話ではない。僕は国公立さえも、今の学力でどうにかなりそうな大学を何となくで選んでいる。

 先生は、それがわかっているから聞いたのだろう。


「じゃあもう少し、調べます」

「はい。では、これからの勉強方針なども決めていきましょうか。模試の対策も十分とは言えないので、着実に実力をつけていかなければいけないですからね」


 勉強方法のことや学校でのこと、それに加え少しの無駄話をして面談は終わった。

 今年は去年よりも長かった気がする。


「こんな方針ですが、親目線で何か思うところはありますか?」

「いえ、大丈夫です」


 父は先生に返答をする。


「では面談はこれくらいにしましょうか。お忙しいところありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 父と先生は、軽いやり取りを繰り返す。


「では玉木くん、国公立目指して頑張りましょう」

「……あ、はい。ありがとうございました」


 僕はできるだけ丁寧にお礼を言って、教室を後にした。



「勉強どう?」


 父が僕に向かって言った。


「できるだけはやってみるつもり」

「そっか、がんばって」

「うん」


 いつも通り訪れる沈黙。ふと父が口を開く。


「下宿のお金は……その、悪いけど全部は無理かもしれない」

「ああ、大丈夫。なんとかするから」


 お金なんて、昔からほとんど使っていないから、ある程度は持っている。

 高価な買い物も、中学のときに買ったゲームくらいのもので、僕はずっとお金を貯めてきた。それに、受験が終わればアルバイトだってできる。

 切り詰めることにはなるだろうが、生活していけないということはないだろう。


「お金あるの?」

「うん。まあ、少しだけど」

「そっか、でも、できる限りは出すから」

「うん、ありがとう」

「……うん」


 そうして、ふいに再開された短い会話は終わった。




――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 冷静な人のようだが、意図はよくわからない。

 曜子という人の友人。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る