二節 二者面談

 去年と同じく先生との二者面談がやってきた。僕はまた廊下の壁にもたれていた。


 二年生になった僕は、小林君とそこそこの関係を保って過ごしていた。

 小林君はかなり勉強に打ち込んでいるようで、僕はたまに教えてもらうこともあった。それでいて部活までしているのだから、小林君はすごいと思う。


 部活といえば、友貴はどうして進学コースを選んだのだろう。部活をやるなら一般クラスでもいい気がするのだが。

 そういえば二年になってからは、数えるほどしか話をしていない。僕が一番前の席になっていなければ、また一年のはじめのころのように会話をしていたのだろうか。


 そんなことを思っているとちょうど友貴が出てきた。

 名字が田原である友貴の出席番号は、今年も僕のひとつ前だ。


「お、玉木くん。おつかれ!」

「うん、今日も部活?」

「そりゃあもちろん、勉強との両立はたいへんだね」

「そういやなんで進学にしたの? 部活するなら一般でもよかったんじゃない?」


 せっかくの機会なので、僕は友貴に聞いてみた。


「まあ、そうだけど。でもできるかぎりいい大学行きたいとは思うし、選択肢は広く持っておきたいなって」

「へー、意外とちゃんと考えてたんだね」

「意外は余計だよ。まあでも成績もちょっとずつ上がってるからさ」

「けっこうがんばってるんだ」

「一応ね」


「そっか、じゃあ部活がんばって」

「うん、ありがと!」


 そう言って友貴は廊下を抜けて行った。

 遠くなる足音が、やけに響いて聞こえた。


「玉木くんは、国公立志望ですね。成績もそこそこなので十分狙えるかなと思います。これから数学などは特に難しくなると思うので、しっかりと普段の授業からやっていきましょう。模試もそんなに言うことはないですね」

「はい」


「はい。まあそんな感じですね。じゃあ、勉強はこんなものでいいでしょう。学校生活はどうですか?」

「まあ、それなりですかね」

「そうですか」


 先生は満面の笑みを浮かべる。


 この人はおそらく、僕が本音を話さないことに気付いている。

 でも、それを言及することはないだろう。僕の特性を十分にわかった上で、この対応をしているように見える。

 踏み込まないでほしいなら、そこは尊重しますよといった調子だ。この人は、やさしいように見えて、その実厳しい人のように感じる。


 ともあれ話はあっさりと終ってしまった。始まって数分だが、これで終わりだろうか。

 そう思っていると、先生はまた話し始めた。


「玉木くんは趣味とかあります?」

「趣味ですか? えーっと……読書、とかですかね」


 本なんて、ほんとうにたまにしか読まないけれど、これ以外に言えるものがなかった。昔はよく物語を読んでいたけれど、中学に上がって部活に入ったころからほとんど読まなくなった。


「ちなみにどんなの読んだりしますか?」

「あーえっと、気になったものをてきとうに、特に決まってはないです。読むのは小説が多いです」


「ゲームとかもやらない感じですか?」

「そうですね、中学まではやってましたけど」

「そうなんですか。辞めた理由は話せるやつですか?」

「まあ、一緒にやる人がいないからですね。一人でやっても、あまり楽しくないので。昔は部活の人たちとやってたんですけど」


 先生はやさしく笑いながら頷いた。

 中学で部活をやっていた頃は、ゲームの話で盛り上がれていたが、部活を引退すると自然とやらなくなった。

 今にして思えば、話題を合わせるためにやっていただけなのだろう。

 話をするために、合わせるために、たいして好きでもないゲームをやっていた。確かにみんなとするゲームは楽しかったけれど、一人でもするほどではなかった。


「じゃあ玉木くんは、いま人生の模索中なのかもしれないですね」


 先生はかげりのない笑顔を向けてくる。


「はあ、そうなんですかね」

「まだまだ玉木くんは高校生ですからね。いろいろな方向に挑戦していけますよ。高校を楽しむも大いに結構ですし、人生を楽しむのは大学からでも、いつからでも遅くはないんです。

 私なんて最近登山始めちゃいましたからね。でももう足がつらくてつらくて、若いころはもっと元気だったはずなんですけどね」


 先生は体を前に倒して、愉快そうに笑った。


「私も、高校生のときは何もありませんでした。なんとなくで勧誘された美術部に入って、なんとなくのまま高校は終わりました。このままでいいのかな、なんて思うことはしょっちゅうで、受験期は特にひどかったですね」


 昔の自分を語る先生は、やさしく笑っている。


「でも大学から、何故か今までと違うタイプの人と仲良くなったんですよね。そうしたらどんどん世界が広がっていって、今まで知らなかったことや、縁のないものだと思っていたものにも触れるようになって、ああ、私は狭い世界で暮らしていたんだなと気づきました。

 私の過ごした青春時代はこんなでしたが、玉木くんは私なんかよりうんと賢いでしょうから、もっとうまいことやっちゃいそうですね」


 先生はなおも、心から楽しそうに笑った。

 距離が遠いのか近いのかよくわからない。でも、やはりこの人は甘くはない。それだけはわかる。


 中川先生はきっと、たまにいる自分のことで葛藤してきたタイプの人だ。

 僕は、あまり見透かされるのは好きではない。だけど、中川先生はそこも理解しているようで、自分の経験をもとにして話す。

 自分のことは、自分でやれという思いが伝わってくる。

 はっきりとしたことは何も分からないが、先生のやさしい笑顔が僕にはそう言っているように思えた。


「じゃあ、とりあえず僕は大学を目標にしてみます」

「お、玉木くん。やる気ですね?」

「はい、もうちょっと頑張ってみます」

「そうですか。じゃあ、時間もちょうどいいので面談はこれくらいで。では玉木くん、一年間よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 顔を上げて見た先生は、やはり楽しそうに笑っていた。




――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 冷静な人のようだが、意図はよくわからない。

 曜子という人の友人。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る