二章 高校生編 二年生

一節 クラス替え

 進級とともに、クラス替えが行われた。友貴と小林君とは、また同じクラスだった。

 文系の進学コースに進んだこともあってか、クラスの雰囲気はかなりおとなしいように思う。このクラスなら、特に何もしなくても穏やかに過ごせそうだ。


 いつものように名前と一言だけの、軽い自己紹介が行われた。

 担任の中川なかがわ先生の担当科目は国語で、このクラスでは古典の授業をもつとのことだった。口うるさい人ではないようだが、とても楽しそうに話す人で、新しい環境に対する期待があふれているようだった。


 そして他の科目の担当も入れ替わり、現代文の担当は江口先生ではなくなった。進級に伴う変化に、僕はほんの少しだけ気分が沈んだ。


「なんだか私ばかり話してしまってますね、じゃあ今度はみなさん同士で話しましょう。あ、近場の人は話す機会あると思うので、遠くの人と交流したほうがいいですかね。一列目と三列目と五列目の人は列を移動しましょう」


 少し変わっていたが、去年もしたようにクラスの人と話すことになった。


 とりあえず言われた通りにお互い顔を見合わせるが、話す内容の指定がなかったので、僕たちを含め何人もがどうするか戸惑っていた。だが、気まずそうなクラスの雰囲気を察して、先生が提案をした。


「あ、すみません、話題がないと話しづらいですよね。えーでは、最近あったおもしろかったことで、なかったら趣味でいきましょう」


 先生は終始楽しそうに笑っている。先生との温度差が少し気まずかった。

 ともあれ先生の提案により、ようやく僕たちは話し始めた。


「えっと、じゃあ僕からでいい?」


 僕は左隣にいる人に話しかけた。


「うん」


 横の人はなぜか得意気に頷いた。作り笑顔が少しぎこちない。


「僕は玉木悠太です。最近おもしろかったのは……友だちと遊んだこと、かな。えっと、じゃあどうぞ」


 おもしろかったことがとっさに出てこなかった。倖成君の誕生日会までさかのぼることはなかったと思う。

 僕が視線を逸らすと、作り笑顔らしい目のゆるみが消えて、穏やかなしわが寄った。


「私は伊藤恵いとうめぐみ。よろしくね」


 伊藤さんの言葉はそれで終わった。先生の指定通りでないといけないわけでもないか。


「うん……よろしく」


 僕の歯切れの悪い返答に、伊藤さんは少し戸惑ったあと、言葉をつなげた。


「ああ、ごめん忘れてた。最近おもしろかったことは、えーっと、特に……ない。あ、この前見た映画がおもしろかったくらいかな。『絶命するほどの恋』ってやつ知ってる?」

「いや、知らない」


 僕は苦笑いでごまかした。あまり映画には興味がない。


「ああ、そうなんだ」


 そうして会話は途切れ、気まずい雰囲気が流れていると、先生が話しかけてきた。


「あれ、二人はもう終わっちゃいました?」


 僕たちは苦笑いをしながら頷く。

 すると先生は僕に話を振ってきた。


「玉木くん、ウシガエルって知ってます? 私この歳にしてこの前初めて見たんですけど、あれすごい大きいですよ。私もうびっくりして、散歩中だったんですけど一目散に逃げちゃいました」


「家の近くでたまに見ますよ」

「えぇー、あ、もしかして食べたことあったりします?」

「あ、いえ食べたことはないですが」

「あーそうでしたか。かなり熟知してそうなので、もしかしてと思ったんですが」


 先生はまるで芝居かのように楽しく話す。だがその表情は、心から楽しんでいるかのような屈託のない笑顔だった。誰からも好かれるような表情。裏表のない印象。

 僕にこの笑顔は難しい。


 先生は次に、伊藤さんに話しかけた。


「その反応は伊藤さんも食べたことない感じですね?」

「はい、ないですね」


 中川先生に答えた伊藤さんは、僕と話しているときよりもしおらしかった。


「食べてみたかったりはします?」

「うーん……ちょっとなら?」

「おーチャレンジャーですねえ。あ、そうそう、玉木くん、伊藤さんの部活は聞きました? 伊藤さんとても上手なんですよ」

「いえ、聞いてないです。そうなの?」


 僕は伊藤さんに聞いた。


「いや、そんなにじゃないよ」


 伊藤さんは照れながらも、うれしそうな笑顔で答える。その伊藤さんを見た先生は、やさしそうな笑顔をして、他の席に歩いていった。


「何やってるの?」

「えっと、吹奏楽部でフルートを。一応昔からやってて、それなりには、できるよ」

「へえー、すごいね…………ほんと、すごい」


 僕は素直に関心していた。人からいわれるほどということは、相当に上手なのだろう。


「ありがとう」


 伊藤さんは、またも照れながら、やわらかい表情で笑った。

 ただ何もなく過ごしているだけの僕には、伊藤さんの笑顔は眩しかった。




――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 高校一年生のときは室長もしていた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 冷静な人のようだが、意図はよくわからない。

 曜子という人の友人。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

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