第18話 「足手まとい」

 明くる日、俺は気持ちよく目覚めた。

 前世なら祝杯でもあげて、翌日は二日酔いというのがいつものパターンなのだが、現世ではまだ酒は許されていない。

 これはこれで、健康的で良いものだ。


 カーテンを開け、全身に朝日を浴びて考える。

 今日からは少し、裏方的に動いてみようと思っている。


 早くも……だが、俺は選手としては限界を感じてしまった。

 昨日の大会、誰も言いはしなかったが、もっとも足を引っ張ったのは俺だ。それは自分がよくわかっている。


 そんなことを責めたところでどうにもならない、というのは彼らも大人だからわかっているのだ。

 ただ、ミアを除いて。


 彼女だけは、言いたいことをぐっと飲み込んでいる様子だった。

 ふと目が合うと、俺を睨むような目つきをしていた。


 あのまま放っておくのはまずい。

 彼女には、これからチームの中心メンバーへと育ってもらわなねばならないんだ。


※※※


「で、話ってなに?」


 ミアはカフェテリアの窓際の席へ、不機嫌そうにどかっと座った。

 まだ《大軍師》の影響下にはあるようだが、このままではまずい。


「昨日の大会の話だ。昨日はすまなかった」

「はぁ? 響介なんかしくじったの?」

「何ってわけじゃないが、俺がチームの足手まといだったのは間違いないからな」

「何、そんなこと気にしてたわけ? 響介なんて始めたばっかの素人なんだからしょうがないじゃん」


 俺はミアのことを誤解していたようだ。

 俺の事情もよく理解してくれていた。彼女も十分、大人だった。


 だがわだかまりをそのままにするのはよくない。いずれ爆発してしまう。

 ここいらで毒を抜いてもらわなければなるまい。


 そのために二人だけになったのだ。

 ここからいかに、彼女の本音を引き出すか、だ。


「まぁね。でも俺のせいで負けたのは確かだからさ。ま、しばらくは練習しつつ、裏方に回るつもりだよ」

「それが良いんじゃない?」


 ミアはコーヒーを飲むため、邪魔な髪を耳にかける。

 窓から差し込む光を吸い込み、髪は白く輝いている。


「で、ミアから見て何か問題はあったか?」

「響介のこと? うーん、練習不足じゃない?」

「ああ、それもそうだが、もっとチーム全体的な、さ」

「って言ってもねぇ。あれは即席チームだし。連携不足はしょうがないでしょ。すぐにどうこうなるもんじゃないし」

「だね。連携についてはもっと事前練習が必要だろうね。あとは?」

「うーん、あとはVCかな」

「ぶいしー? ってなんだ?」

「ボイス・チャット。んなことも知らないでやってたんだ」

「すまん」


 Voice Chatの頭文字でVCか。

 こういう用語も勉強しなけりゃいかんな。ゲーマーは一般常識だと思って普通に使ってくるからな。


「具体的にはどうしたら良いと思う?」

「んー、まず状況を報告して欲しい。そんで、これからどうしようとしているのか、事前に教えて欲しいかな」


 さすが、いいことを言っている。

 戦場において情報は最も強力な武器になり得る。


 しかし難しいのが、混沌とした戦場に置いて、兵士たちの意思統一をすることである。

 太鼓やら銅鑼などを音が出るものを使うのが古来の戦場だった。


 今ではVCで細かな情報を全員に、明瞭に伝えられるのだ。

 これを活用しない手はない。


「なら提案があるんだが、まずは用語を統一しないか?」

「用語? そんなバラバラだったかな?」

「例えばなんだが、一旦退却しよう、というとき、引く、下がる、バック、戻る、いろんな言い方があるだろ?」

「あー、そういうことね」

「そうそう。こういうのは統一すべきだろう。どれが良いと思う?」

「“引く”は無いかな。“行く”と間違うかも」

「確かに!」


 ミアはやはり勘がいい。俺が伝えたかったことを即座に理解してくれた。

 情報伝達で恐れるべきことの一つは伝達ミスだ。

 それを無くすための用語統一なのだ。


「間違えないために、あえて英語を使うのは良いかもね。アタシは抵抗ないけど、みんなはどうかな?」

「それくらなら大丈夫だろう。なら“バック”にするか。逆に攻める時は“ゴー”が良いかな?」

「うん。良いと思うよ」


 俺たちはしばし、いくつかの用語について提案しあった。

 このような言葉の統一は全員で共有しなければ意味がない。


 ここで決まったことを部長以下、メンバーに伝えることにして俺は本題に入ることにした。


「あと、これも重要なんだけど、少なくとも試合中はネガティブなことは言わないでほしい」

「あー……アタシ、口悪いもんね」

「いや。これは誰でもあることなんだ。負けているときはどうしても、ね」

「つい癖でさ、フ○ックとか言っちゃうんだよね、アタシ」

「それは珍しいな」


 彼女は英語も堪能なのでそういうこともあるのだろう。


 つい出てしまうそういう言葉。気持ちはわかるが、それを言って状況が好転することなどない。

 だから、高校時代の部活でも全面禁止にしていた。


「んで、今日の話ってゲームのことなわけ?」

「ん? そうだけど?」

「なーんだ。二人だけで話があるっていうから、てっきり……」


 後半の言葉は独り言だったのだろう。ジャズでかき消されてしまうほどの音量だった。

 何か別の期待でもあったのだろうか?


 ミアを顔色を伺おうとしたが、彼女は窓の外の何かから視線を動かさず、こちらに一瞥もくれない。

 俺はただ、その美しい横顔を見つめるしかなかった。

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