第16話 「能力発動」

 カスタム試合は俺達の勝利で終わった。

 ミアはショックなのか、席から立ち上がれないようだ。

 椅子から少しだけ見える後頭部から感情は読み取れないが、微動だにしない。


 まぁ、あいつは放っておこう。まずは仲間の活躍をねぎらうべきだ。


「山県、いつもと違うタレントなのによくやってくれた」

「いやいや。この程度、造作もないことでござる。それにしても山本殿の作戦が見事にハマりましたなぁ」


 馬場先輩が近寄ってきて太い腕を組み、満足気にうなずいた。


「まったくだ。正直、俺も勝てるとは思ってなかったよ」

「いえ、馬場先輩の安定したディフェンスあってこそです。助かりました」


 秋山先輩は菩薩のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、軽く手を叩いた。


「いや、実際、見事な作戦だった。僕も驚いたよ」


 先輩方は、この新入りに惜しみない賞賛をくれる。いい人たちじゃないか。

 妙なプライドのある人だとこうはいかない。

 なぜか年下や部下に対抗意識を燃やしてしまうのだ。


「こんなの卑怯だよ!」


 そして、負けを認められない。こういう者もいる。

 輪になっている俺達の外から、ヒステリックな声を上げるのはミアだ。


「卑怯? 何か問題でもあったか? チートやグリッチバグ技でも使ってたか?」

「そういうんじゃないけど!」

「普通にタレントのアビリティを使っただけなんだが」

「だからってチーム戦なのに孤立させるようなマネばっかしてさ!」

「そりゃ、そういう作戦だからな」

「それが男らしくないって言ってんの!」


 男らしい、ときた。

 今どき女らしいだの男らしいだのは禁句とも言われているんだが。

 まして、“女性なのに”という俺の発言を修正させたのはミア自身だというのに。

 都合のよろしいこった。


「それじゃ、ミアのチームメイトは何て言ってんだ?」

「はぁ? 別に何も言ってないわよ」

「だからダメなんだよ」

「何がよ!」

「ミアのチームメイトは、ミアに何も言えないってことだ。不満があってもそれを口にできない。ミアに気を使っているんだろ」

「な、仲が良いからでしょ!」

「そうかもしれんが、それは仲間じゃない。彼らは、ミアを甘やかしてるだけだ。今までそうやってチヤホヤされてきたから、自分の弱点に気づけなかったんだよ」

「うるさい!」


 やれやれ、理論的な思考ができないらしい。こりゃ困ったもんだ。


「山本の言う通り。何の問題もない勝利だよ。作戦勝ちだな」


 声の方を振り向けば、そこには武田部長がいた。両脇に内藤先輩と三条さんもいる。


「部長……」


 ミアの顔色がみるみる青ざめていく。

 彼女はどうも部長を尊敬しているようだし、その部長から言われれば認めざるを得ないだろう。


「ミア。君もなんで負けたか理由は分かっているだろう?」

「う……」

「言ってごらん」

「アタシが、一人で飛び出したから……」

「うん、そうだね。確かにミアの実力は高い。だけど、さっき君自身が言ったように、これはチーム戦なんだ。一人じゃ何もできはしない」

「はい……」


 おお。あのミアが素直に。

 さすが部長だ。


「相手の強みを潰し、こちらの強みを押し付ける。それが勝つためのコツだ。山本はそれを見事に実践してみせた。ミアならそれが分かるはずだ」

「うう……」


 おいおい。なんか泣きそうじゃないか? 先輩、もうそのへんで。


「分かったよ! 響介の下に付いてやるよ!」

「へ? 下に付くって……」

「負けたんだから当然でしょ! 今度の大会は響介の作戦に従ってやるって言ってんの!」

「あ、ああ。いや、俺は今回、作戦を立てたけど、別にチームリーダーってわけじゃ……」

「いや、いいんじゃないか? 今度の大会はこのまま山本にリーダーをやってもらおう」


 え、秋山先輩まで何を……。


「おう、いいな! 何事も経験よ!」


 馬場先輩も豪快に笑ってらっしゃる。


「任せたぞ、リーダー!」

「お供するでござる!」


 高坂、山県、お前らまで……。


 が、そこで俺のなかに、“あの感じ”がじわじわと広がっていた。

 例えるなら、任侠映画を見終わったあとの自分が強くなったような感じ、小説やアニメのチート無双キャラの活躍を見たあとのような感じ、好きなキャラのコスプレで身を包んだような感じ。


 この無敵感、万能感はなんと名付けよう。

 これを感じるのは高校時代以来だ。


 これは、俺の大軍師が発動したことを知らせる合図だ。


 誰かが俺を信頼し従うと決めたとき、この才は発動するようだ。

 そういう人間の側にいるとこの“感じ”がするのですぐに分かる。


 高坂、山県はまだしも、秋山、馬場両先輩までもが《大軍師》の影響下に入ったようだ。

 なんと意外なことに、ミアまでも。


 まだうっすら悔し涙を浮かべているが、認めるべきは認めると考えを改めたのだろう。

 彼女もまた、今回のことで成長したのだ。


 部長、副部長、三条さんはダメみたいだ。

 やはり一緒に戦ったわけではないからだろう。


 しかし、このメンバーだけで十分じゅうぶんだ。

 こうなれば、こっちのものだ。次の大会は勝ったも同然である。


 俺はくるりと半回転し、皆に背を向けると、思わず口元を緩めた。

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