第12話 「新たな部員」
その日の三条さんはごきげんだった。
初めて彼女以外で女性の入部希望者がきたのだから、無理もない。
彼女の隣に立つ、スラッと痩せたスタイルの良い女性に施設内にいた全員の視線が集まった。
「はじめまして。一年の
女性がバイオリンを思わせる美声で挨拶をすると、部員たちは「おおー」と歓声を上げた。
それは彼女の容姿が優れているからだろう。
腰まで届く長い髪は光を反射し、金糸のように輝いて見える。肌はマシュマロのような白さを持ち、触らずとも弾力性を感じさせた。瞳は翡翠のようで、切れ長な目は知性の高さを感じさせる。鼻筋はまっすぐ通っていてその下につぼみのうな小さな口がついていた。
服装はセットアップで、ほとんど黒色だが袖口や襟元、スカートの端などに白いフリルがあしらわれたゴシック・アンド・ロリータ調のデザインだ。まるでヨーロッパの人形のような人だった。
「いやー、スターとは恐れ入りましたな」
だが、彼らが喜んだのはそこではない。いや、それもあったかもしれないが、そこだけではなかった。
そのランクの高さにあったのだ。
「ウチだとスターって言ったら武田部長くらいか?」
「そうでござるな。あとの先輩方はダイヤ。スターはなかなか到達できるランクではござらんぞ」
SSではランクマッチで勝つことによりポイントが貯まり、一定値を超えるとランクが上がるという仕組みになっている。
ランクは下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、スター、ビッグスターとなっている。
「女性なのにそこまで上げるとは、すごいな」
「ちょっと、響助」
俺は名乗った覚えがないのだが、原さんは俺を名前で呼んだ。しかも下の名で、呼び捨てで。
どこかであったことがあったっけ?
「え? なぜ俺の名を知ってるんだ?」
「知ってるよ。同じ一年だよね? それより“女性なのに”っていうの、訂正してくれる?」
「えっ」
「いやぁ、山本殿。そのような偏見は良くないですぞ。eスポーツには身体性は重要ではござらんゆえ、女性プレイヤーも多く活躍しておるのですぞ」
「そっちもキモオタは多少は分かってるみたいね」
「キ、キモオタ……」
確かに冴えない見た目をしている山県だが、キモオタは言いすぎだ。
俺はフォローしようと山県を見たが、なぜか頬を染め、鼻の下を伸ばし、口をだらしなく開いている。もしかして喜んでないか?
まぁ、そういうことならコイツは放っておこう。
俺は素直に、女性蔑視的発言を謝ることにした。
言い訳がましいが、別に蔑視する意図はなかった。
前世は戦場に女性が出ることなど、後方支援部隊以外ではありえない話だったから、ついそういう発言が出てしまったのだ。
スポーツでも男女は別になっているのが普通だ。それは性差によるものであり、男女ではどうしても筋力の差がでてしまう。
決して女性を下に見ているわけではない。
だがeスポーツなら、女性が男性に混じって活躍する例も数多ある。
事実として、彼女のランクは俺より上だ。
そここそが、スポーツに対しeスポーツが優位なところでもある。
「今の発言は撤回しよう。申し訳なかった」
「フン。わかればいいのよ」
なかなか気の強い女性だ。
しかし、競技者としてはそのほうが頼もしい。
「大会まであと一週間なんだが、メンバー変更が可能かどうか、運営に問い合わせてみよう」
「ありがとうございます、武田部長。よろしくお願いします」
上下関係もわかっているようだ。俺たちに対する態度と違い、部長には丁寧にお辞儀をする。
瞳を閉じ、手を臍の下で組み、ゆっくり優雅に頭を下げる。その所作は美しかった。
「ゆるい大会だから、多分大丈夫だろう。一応、原さんも参加するつもりでチーム練習しておこう」
「武田部長。アタシのことはミアとお呼びください。あ、そこの一年三人も特別に許可するから」
ミアは虫けらでも見るような冷たい視線を俺と山県と高坂に送った。
山県はそれに対し、うやうやしく片膝を付き、頭を下げた。
「御意」
ダメだコイツ。
呆れ顔をしている俺の目の前にミアがつかつかと歩み寄ってきた。
俺のパーソナル・スペースを侵食する距離まで顔を近づけ、言った。
吐息が俺の鼻先をくすぐった。
「響助は? 理解した?」
「ああ。わかったよ」
ミアはフンと鼻を鳴らすと、視線を反らした。
俺はともかく、高坂にいたっては存在を忘れられたのか、返事すら要求されなかった。
もはやどうでもいい、という感じか。
その様子を見ていた先輩方の顔にも不安の色がうかがえる。
これからミアと上手くやっていけるんだろうか?
そんな風に考えているのだろう。俺も同感だ。
いや、やっていかねばならない。
俺にはもはや、あとがないのだ。
それに、今回は先輩ではない、同級生だ。
立場が同じなら、いくらでもやりようがある。
まずはミアのことをよく知るべきだろう。
敵を知り己を知れば百戦殆うからず。
孫子の兵法にある、有名な言葉である。
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