第9話 「Superspectorとは」

 俺たちの練習場となる国際電気教育大学内の施設、esportsバトルグラウンドは、昨日とは別の姿になっていた。

 こうして改めて見ると、まるでいつか写真で見た、いわゆるネットカフェのようだ。


 デスクの上に乗ったPCがズラッと並んで置いてある。

 五つのデスクが向かい合わせに並べられ、それが計三列ある。

 つまり三十台ものPCがここにあるということだ。


 この数の高性能PCを揃えるのにどれだけのお金がかかっているのだろう。なんと贅沢な施設だ。

 これだけ力を入れているのには、大学側になにかしらの思惑があるのだろう。

 だが今の俺はそんなことを考えている暇はなかった。


「じゃ、まずは練習場へと行こう」


 すでにいるだろう、と思ったが、部長の言う練習場とはこの施設のことではなかった。

 ゲーム内に存在する練習場のことだったのだ。


 〈Superspectorスーパースペクター〉は、ゲーム内で実行可能ないくつかの練習メニューがあった。

 そこで基本的なルール、操作、キャラごとの性能を知ることができる。


 俺は先程、一番基本となるチュートリアルを終えたところだ。

 キーボードとマウスを使ってキャラクターを前後左右、思い通りに動かす。

 そんなごく基本のことさえ、初めての俺は手間取ってしまった。


「最初はそんなもんですぞ、焦ることはござりません」


 隣の山県は経験者のため、すでに他の部員たちに混じり、ネット対戦していた。

 俺も早く追いつきたいものだ。


「まずはキャラクター選択画面が出る。SSではキャラクターのことをタレントと呼ぶので覚えておいてくれ。画面を見てもらうとわかるように、タレントは大きく三種に分かれている。高い攻撃力を持つアタック。高い耐久力と体力で味方の盾となるディフェンス。そして味方を強化したり体力を回復させることができるサポートだ」


 部長も練習したいだろうに、こんな素人に突き合わせてしまって申し訳ない。

 だが部長は少しも嫌な表情を見せることはない。

 まだ二十歳そこそこだろうが、人間ができている。


「どれがおすすめですか?」

「おすすめはあるんだけど、最初は気にしなくてもいいよ。まずは一通り触ってみて、自分がしっくりくるものを使うといい」


 と、言われても、目の前にズラッと並んだタレントたちを見てめまいがしてしまう。

 人間というのは選択肢が多すぎると選べなくなるのだ。


 しかし選ばなければ始まらない。

 俺は見た目が普通の日本人に近い、〈田島竜二〉というキャラクターを選んだ。

 鋭い目つきをした、黒髪オールバックの男。一見して“その筋”の人、という感じのタレントだ。


「〈竜二〉は大口径のハンドガンを使って戦うタレントだ。まずはあの的を狙って撃ってみよう」


 俺の後ろに立つ部長の腕が、顔の横からニュッと伸びてきた。その指が指す場所には、人の形をした的が四つ並べられている。

 ドラマや映画などに出てくる射撃練習にあるようなアレだ。


 

 タレントごとに使える武器は決まっていて、好きな銃を選べるわけではないようだ。

 俺はゆっくりと、丁寧に中心を狙った。画面の中心にあるマーク――これはレティクルというらしい――に的を合わせ、マウスをクリック。クリックが引き金となっており、弾が射出される。

 意外なほど簡単に、狙ったところに当たってしまった。

 弾丸は現実のように空気抵抗で落ちるとか、風の影響を受けて曲がるだとかいうことがなく、本当にまっすぐ進んでいくみたいだ。


「意外に当たるもんですね」

「山本君、いいセンスしてるじゃない! でも実戦では敵は止まっていないし、向こうも撃ってくるからね。そう簡単ではないよ」


 なるほど、確かにその通りだ。

 戦場で棒立ちでいれば、あっという間にあの世行きだ。


 新兵の中には、目の前の光景が信じられず、呆然としてしまう者もいる。

 討たねばならぬときに怖気づき、逆に討たれてしまう者もいる。

 そんな者たちを横目で見て、学び、同じ轍を踏むまいと工夫し、生き残ってきたものだけが、戦場で兵士となる。


 だが、これはゲームだ。やられても実際に死ぬわけではないので気楽だ。

 相手にかける同情もいらない。

 取って取られてというやり合いが容赦なく行われる。


「さて、このままだとただのFPSなんだが、SSは一味違う。各タレントに独自のアビリティがあるんだ」

「〈竜二〉のアビリティはなんです?」

「まずは〈スタングレネード〉。手榴弾のようだがダメージはなく、代わりに相手を一瞬だけ動けなくするアビリティだ。あっちの動いているロボットに向かって〈Q〉キーを押してみてくれ」


 言われた通りすると、画面内の〈竜二〉は、前方に円筒形のなにかを放り投げた。それは落下点で風船が破裂するような乾いた音を立て、破裂した。

 側にいたロボットはその場で一秒ほど足を止めた。そして、再び動き出した。


「今のがそうですか? あんなちょっとしか止まらないんですか?」

「うん。けど、あれでも命取りになるんだ。やればわかるよ」


 たったあれだけで?

 どうやらゲームというのは現実の戦闘より激しいらしい。


「それから〈ローリング〉。これは移動アビリティだ。まず〈Shift〉キーを押しながら移動すると走ることができる。そのまま一定時間経過するか〈Shift〉キーを離すと前方に向かって転がるんだ。これで遮蔽物に隠れながら撃つのがこのタレントの基本だね。そして一番重要なアルティメット・アビリティ。これを使ってみよう」


 見ればアルティメットの貯まり具合を示すゲージは、満タンを示すアイコンに変わっていた。

 俺は恐る恐る、〈Z〉キーを押してみた。

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