第8話 「eスポーツ部」

 俺がスポーツをやっていたのは、両親から受け継いだ恵まれた肉体があったらばこそだ。

 前世の肉体より遥かに素晴らしい体を持って生まれた。この点は今の親に感謝せねばなるまい。


 身長は高校時代に185センチまで伸びた。

 生まれ持った反射神経、動体視力、そもそもの運動神経、どれも平均以上といえる。

 いまだ筋トレは欠かさないし、軽めではあるがランニングも日課にしている。


 それでも、競技レベルでは通用しなかった。

 走力、跳躍力、筋力、すべて上には上がいる。

 はっきりと記録でその差が知れてしまう。

 若くしてそれを思い知らされた。努力で超えられぬ才能という壁。スポーツとは時に残酷だ。


「はぁー。すっげぇ体だねぇ。普通にスポーツやればいいのに」


 そんな俺のことを、先輩がつま先から頭の天辺まで、何往復もしながらジロジロと見ている。


「ええ、実際やってました。けど、やっぱりトップには通用しませんでした」

「ふあぁ。君でも通用しないのかぁ。すごい世界だねぇ」


 eスポーツ部の責任者、ということで紹介されたのが目の前の女性、三条かのさんだ。


「あの、先輩はeスポーツの部長なんですか?」

「部長じゃないよ。かのはマネージャーみたいなもんかな。あとで部長も紹介するね!」


 三条先輩は黒目がちな大きい目で光をたくさん反射させ、人懐っこく笑った。

 笑った時に見える、大きな犬歯が特徴的だ。笑い声の大きさは会場に響き渡るほどで、喋り声も明るく、元気ハツラツといった印象の方だ。

 やや癖っ毛の茶色い髪は肩に触れる程度だ。肌の色艶はよく、みずみずしく健康的だ。


「じゃ、早速だけど君たち。新入部員ということで、イベント会場のお片付けも手伝ってくれるよね?」

「えっ……そ、それはもう、喜んで」


 急に声の高さが1オクターブ下がったので凄みを感じてしまったが、すぐにまた明るい三条さんにもどった。


「にゃはは! えらい! そっちの君、山県君は?」

「無論、拙者も手伝わせていただきますとも!」

「いいねぇ。最近の若者にしては礼儀正しい!」

「滅相もございません」


 いや、三条さんも大して変わらんだろ。

 というか、見た目なら俺らより若く見える。とても一つ上とは思えない。知らなかったら高校生だと思うだろう。


 この会場、esportsバトルグラウンドは普段はeスポーツ部の練習場として使われているらしい。

 今日はイベント用にレイアウトが変更されているので、それを戻さなければいけない、ということのようだ。


「これだけの設備がある大学はなかなかないんだよー」

「そうなんですよ。拙者も調べましたが、こんな立派な専用施設があるところはほかに三校ほどしかございません。まだまだ全国的には珍しいんです。それで拙者も興味を持ったしだいでして」

「ほぉー、そうなのか」


 どうやら知らず知らずのうちに、eスポーツをやるには良い環境を持った大学に入っていたらしい。

 これもまた、なにかの導きだろうか。

 片付けをしていると、三条さんのもとへ先程の選手たちが歩み寄ってきた。


「おつかれー」

「おつおつー! 惜しかったねぇ。取材はもう終わったの?」

「終わったよ-、俺たちも手伝うぞ」

「助かるぅ。あ、その前にちょっと良いかな? 山本君、山県君! ちょっと来て!」


 呼ばれた俺たちは作業の手を止め、三条さんのところへ行く。


「紹介するね。みんなの活躍を見てeスポーツに入りたいと言って来てくれた山本君と山県君だよ」

「おお! 大歓迎だぜ! せっかく来てくれたのに、負けちまってすまんな」

「いえ、素晴らしい試合でした」


 試合を見て感動したのは確かだが、三条さんにそのことを言った覚えはないのだが。

 別に間違いではないので訂正する必要はないか。


 にしても三条さんは人を乗せるのが上手いらしい。

 どうやら優秀なマネージャーのようだ。


「こちら、部長であり、チームリーダーでもある武田先輩」

「武田だ。よろしく」

「山本響助です。よろしくお願いします」


 部長は身長こそ平均的だが、ゲーマーとは思えないほどがっしりとしたたくましい体をしている。

 握手した手も肉厚で、ゴツゴツと硬い。空手でもやっていたのだろうか?


 つづき、秋山先輩、馬場先輩、内藤先輩、そして同じ一年の高坂を紹介された。


「ま、ともかく片付けを終わらせて、詳しいことは打ち上げで聞こうか」


 という部長の提案に俺たちは従うことにした。


※※※


 二十歳以下の者に無理に飲ませる、などという文化はとうに終わっている。

 俺は前世では普通に飲めたが、大酒飲みというわけでもないし、さして酒が好きだったわけでもないのできちんと資格を得るまでは飲むつもりはない。

 俺と山県はウーロン茶を頼んだ。待っている間も他の部員たちの好奇の目にさらされ、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


「二人はどんなゲームやってるの?」

「あ、実は俺は、ほとんどやったことがなくて」

「えー! 今どき珍しいね!」

「SSもまったくやったことのない初心者なんですが、大丈夫でしょうか?」

「全然大丈夫! ウチの施設でいくらでも遊べるから。明日教えてあげるよ」


 先輩たちは皆、優しそうだ。

 明日からのキャンパスライフ、少しは光が差してきたのではないだろうか。

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