第7話 「ピカピカの一年生」
年甲斐もなく、というと奇妙に思われるかもしれない。俺はたかが十八歳の若造だからだ。
しかし、中身は中年までの経験がある人生二度目の男である。
そんな元中年が、年甲斐もなく興奮していた。
気がつけば、手の平はじっとり湿っている。
知らぬ間に大声を出していたらしく、喉の奥がチリチリと痛い。
もし水に浸かれば水面に波が立つのでは、というほどに胸が鼓動している。
こんな風になったのはいつぶりだろうか。
久しく忘れていた、戦場。俺も若かりし頃――もちろん前世の話だが――では前線で戦ったものだ。
いつしか昇進し、気づけば
直接的な身の危険はなくなり、待遇も良くなり、私も家族も喜んだ。
だがあの熱狂はなくなった。
もちろん、戦とは命のやり取りである。決してきれいなものではない。
だがゲームではどうだ。
本当に人が死ぬわけではない。自分が死ぬわけでもない、敵を殺す必要もない。
辺りに漂う血の匂い、肉の腐る匂いに胃液を逆流させることもない。
親の死体の側で泣き叫ぶ子供の姿を見ることもない。
人と人との戦いには美しい部分もある。
互いに日頃から鍛錬し、創意工夫をこらし、己の持てる全てを相手にぶつける。
そこには人の本能に訴える何かがあるのだ。
戦いの、熱き部分だけを抽出し、楽しめる娯楽にまで昇華したもの、それがeスポーツではないか。
俺は立とうとしたのだが、下半身に上手く力が入らず、しばしそのままでいた。
会場は明るくなり、勝ったチームの表彰を行っていた。
勝ったほうはもちろんだが、負けた方も泣いたり、うつむいたり、むくれたりせず、みなスッキリした顔をしている。
わが校のeスポーツ部というのも、なかなか気持ちのいい者達じゃないか。
「いかがでした? 楽しめましたか?」
隣の先輩もまだいらっしゃったようだ。
俺は世話になった事に対し、礼を忘れていたことを思い出した。
「ええ。先輩のおかげで初観戦だというのに楽しく見ることができました。ご教授ありがとうございました」
「先輩? いえいえ。拙者は今年度入学の、ゲーミングPCのごとくピカピカの一年生ですぞ」
「へ?」
俺は下げた頭を再び上げてみると、そこには確かに、若々しい男がいる。
薄暗くてよくわからなかったが、つるつるの肌は確かに俺と同じ十代ならではのものだ。
鉄のように鈍く光る長い黒髪を、後ろで一つに縛っている。細い黒縁の丸メガネをかけた、やせ細った男だった。
「これは失礼しました。お詳しいのでてっきり……」
「いえいえ。構いませんとも。して、そちら様は?」
「実は俺も一年なんです」
「おお! これは奇遇ですな!」
「ではお互い、敬語は止めましょうか」
「いえいえ。拙者はこれが普通ですので。そちら様はタメ口で構いませんぞ。拙者は
「俺は山本。山本
「して、山本殿はeスポーツ部への入部をご希望で?」
そこまでは考えていなかった。
ただ暇なのでフラッと来てみただけだ。
だがこの出会いは
俺の心の内から求めるものが、ここにはあった。
気づけば、俺の口から自然と言葉が出ていた。
「うん。そのつもりだよ」
言った瞬間、心のどこかから『馬鹿なことを』という声がした。
俺は本格的な対戦ゲームなんて未経験なんだぞ。
大学から始めて通用するほど、甘いものではないだろう。
だが、部活動というものはプレーすることだけではない。
俺の才能は“そこ”ではないはずだ。
上手く馴染むことができれば、きっと役立てるところがあるはずなんだ。
山県はまだあどけなさが残る笑顔を見せた。
「おお! 拙者もですぞ! 山本殿はがっしりしておるので、何かスポーツでもやられているのかと思いましたが、意外でしたな」
「ああ。本当は運動部に入ってた。けど、どうも他のメンバーと反りが合わなくて。さっき辞めてきたところだよ」
「なんと……。そうでしたか。では新たな部活としてeスポーツを?」
「そうしたい、と今の試合を見て思った。ただ、ゲームは全然やってないんだ。調子良すぎるかな?」
「いえ、現在eスポーツ部は人材不足と聞き及んでおります。きっと未経験者でも歓迎されるはずですぞ。それに実は恥ずかしながら、拙者も決して上手いというわけではございませんので。いわゆる“下手の横好き”というやつですな。しかし選手のみならず、コーチ、アナリスト、大会運営スタッフなどなど、いろいろな部分で自分の力を活かせる部分はあると伺っておりますゆえ」
「さっきから聞いていると、誰かから情報を得ているみたいだけど、知り合いでもいるの?」
「ええ。拙者の先輩がすでにeスポーツ部に所属しております」
それは心強い。
山県と隣合わせになったのも、なにかの縁なのかもしれない。
「今日はいろいろ教えてくれてありがとう。これからもよろしくな!」
「ええ。一緒に入部いたしましょうぞ!」
俺たちはそのまま、運営スタッフと思われる人に声をかけた。
こうして俺は新たな道へ進むこととなった。
eスポーツという、未知の領域へ。
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