第3話 「勧誘と進学と挫折」

 特別変わったことをしたわけでもないのに、なぜか急激にチームが強くなった。

 それが《大軍師》の影響だと気づいたのは、《大軍師》の影響下にある選手とない選手に、明らかな実力差があったからだ。

 俺にはその人が、能力の影響を受けているかそうでないか、本能的に感知できるようだ。この感覚は言葉では少し説明しにくい。子供を持ったことがある人なら、分かるかもしれない。

 いつしかレギュラーは全員、《大軍師》の影響下にある者と入れ替わっていた。


 この才のおかげで、我が校は全国優勝を成し遂げる。


 部活動で全国優勝、というのは肩書としてなかなか役立つらしい。

 全国的に名の知られた国際電気教育大学へと推薦入学できた。

 スポーツの成績だけでなく、面接や小論文などが課されたが、そういう試験なら俺にとってはお手の物だ。なんせそこらの高校生とじゃ人生経験が違う。


 しかしだ、優勝といっても俺自身は控えメンバーだったのだ。

 出場機会はゼロではなかったが、極めて少なかった。プレイにも見どころなど無かったはずだ。

 俺より才能のある選手などいくらでもいる。


 にも関わらず、大学側からお声がかかったのだ。

 その理由はすぐに明らかになった。


「山本くんがチームを引っ張っていたのはわかってるよ。あの才能をウチでも活かしてほしいんだ」


 部の監督はなかなかに人を見る目があるらしかった。

 俺の《大軍師》の力を見抜いていたんだろう。

 おそらく、リーダーシップのような才能だと思っていたようだ。ただ率いるだけでなく、対象の能力を底上げできるところが、《大軍師》の本当の力なのだが、流石にそこまでは分かっていなかったようだ。


 しかし俺は、すぐにその期待を裏切ることとなってしまう。


「なんで一年の言う事なんぞ聞かなきゃならねーんだ? あ?」

「いやー、先輩。そのー、一旦落ち着きましょう。ね?」

「俺は落ち着いてんぞ?」

「あ、そうですか。あはは」


 そりゃそうだ。一年の言うことを先輩が素直に聞いてくれるはずがないのだ。

 高校の時も、《大軍師》が発動したのは二年の終わりごろからだった。俺もまだよく分かっていないが、この力には発動条件のようなものがあるらしく、目上の人には効きにくいらしかった。


 あの監督、俺に対し過度の期待をしてしまったようだ。《大軍師》の発動条件まではわかっていないのだから、しょうがない。

 それでも監督は俺に部を任せようとするものだから、俺は監督と先輩との間で板挟みになってしまった。


 そんなことが続けば、同級生からも疎まれることになるのは必然だった。

 幸いにも学力もそれなりにあった俺は、学校をクビにまではなるまいと、部を辞めることにした。


「まだ夏休み前だってぇのに……」


 そろそろ汗ばむ気温になってきた。

 退部届を出したあと、俺はブラブラと、広いキャンパスをあてどなく歩いている。

 そこいらにキャンパスライフを謳歌おうかする若者たちがいる。


 なんと平和な世なのだろう。

 前世とは大違いだ。

 俺の《大軍師》は戦乱の世こそ役立つのではないか。それにしては、この国はあまりに平和すぎる。もちろん、それは喜ばしいことではある。

 戦など無い方がいいのだ。


 ようやくスポーツに生きがいを見出したところだというのに、これから先どうするべきか。

 俺も彼らのように、恋愛でもするべき年齢なのだろう。

 しかし、どうしてもそのような気持ちにはなれなかった。

 前世の妻や子たちの顔が浮かんでしまうのだ。


 異世界転生までしたのだ、もう忘れた方がいいのだろう。

 だが他の女にうつつを抜かすなど、俺には裏切りとしか思えない。

 この年になってもまだ、その気持ちが薄れることはなかった。

 当然、彼女いない歴イコール年齢である。


 ふと見ると、なにやら妙な人だかりができていた。

 暇な俺は興味本位で近寄ってみる。

 人垣の中心には、立て看板。その横に立ち、何やら声高に叫ぶ男が一人。


「ただいまイベント中! ゲーム好きの皆さん! いかがですか! さ、そこの方、どうぞ寄ってってください。この五月に新しくできたeスポーツ専用施設、“esportsバトルグラウンド”です!」


 バトルグラウンド?

 その意味は、戦場。

 戦場がここにあるというのか?


 非常に興味を持った俺は、人垣を抜け、男の横の看板を注視した。

 情報学部棟の一階、面積は――いやいや、そんなものはどうでもいい。

 イベント時は選手席が十席、客席が最大六十席。

 ゲーミングPCが計三十一台。PCとは確か、パソコンだったか?


「お。そこのお兄さん、ご興味がお有りですか?」叫ぶ男が話しかけてくる。

「ええ、少し。このゲーミングPCってのはなんです?」

「最新のゲームを遊べる、ハイスペックなパソコンのことです。あ、椅子ももちろん、ゲーミングチェアを揃えてますよ!」

「ゲーミングチェア? それは普通の椅子と何が違うんです?」

「それは長時間座っても疲れないクッション性、体をしっかり支えるホールド性、それからもちろん、派手なデザインですね!」


 う、うーん。椅子の話はまぁ、いいか。


「それで、どんな戦いが行われているんです?」

「今、世界中で大人気の〈Superspectorスーパースペクター〉、略してSSのエキシビション・マッチを行います。ウチのeスポーツ部と対するのは、あのKO大学のeスポーツ部です。これはハイレベルな戦いになりますよ!」


 男は口角泡こうかくあわを飛ばす勢いである。それほどの戦いということなのだろう。

 KO大学はもちろん知っているが、eスポーツ部など聞いたこともない。


「ともかくまぁ、まもなく始まりますんで見ていってくださいよ! 席はまだ空いてます。もちろん無料ですよ!」

「ふーむ。ま、暇だし行ってみます」

「おっ! ではこのビラをお渡しします。この案内図に従って行ってください。詳しくは、施設内にいるスタッフに聞いてくださいね」


 俺にもまだ、戦人いくさびととしての血が残っているということだろうか。

 ゲームとは分かっているのに、俺は引き寄せられるかのように施設へ向かっていた。


 こんな流れで俺はSSと出会うことになったのである。

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