第2話 「転生」
倒れた地面から大群によって起こされる振動が伝わっている。それがなぜか、心地よい。
胸に受けた矢傷の痛みはすでになくなってしまった。
もっと陛下のために尽くしたかった。
陛下の治める国が見たかった。
それが転生前の俺が最後に思ったことだ。
それを思い出したのが五歳の誕生日の当日のこと。
ケーキのロウソクを勢いよく吹き消したときだ。
これまでの五年の人生で一番、大量の息を吸い、吐いた瞬間だ。
それがなんらかの刺激になったのか、それは定かではない。
その瞬間、大量の記憶が脳になだれ込んできたのだ。
途端、ほとんど組み終わったドミノ倒しを悪意をもった何かに倒されたような、何時間もかけた完成直前の建物を巨大な足で踏みつけられたような、そんな感情の波に飲まれた。
その気持ちのことを“無念”というのだと、今ならわかる。
あまりの不快さに、幼い俺が泣き出してしまったのもしょうがあるまい。
母や友人は、なぜ俺が大号泣したのかわからず、右往左往していた。
あのときは驚かせてしまって申し訳なかった。
落ち着くと、次はいろいろな顔が浮かんできた。
陛下、部下、妻、そして我が子の顔だ。
ひとしきり泣いたあとだったのに、また頬を熱いものがつたった。
逆に、敵将や俺に批判的だった同僚などの顔も浮かび、腹もたった。
それよりなにより、もっとも腹立たしいのは、あの声の男だ。
『驚かせてすまんなぁ。あ、儂はお前たちが言うところの神だ。よろしくな』
真っ白な空間。地面や屋根すらない。どちらが天でどちらが地かも判然としない。
自分の体を見ようとするが、手や足すら見えない。
そこに声だけが聞こえてきた。ただの老いた男のしゃがれた声のようだが、自称、神だそうだ。
『いやー、すまんすまん。お前が死んじまったのは、こっちの手違いだったんだわ』
俺の死は予定外のものだったらしい。
そんな重大なことを、こんな十分遅刻したくらいの調子で言うやつがあるか。
「手違いだというなら、神よ。私を今すぐ生き返らせてほしい」
神だと名乗るその声を信用したわけではないが、あのとき死んだ感覚は確かに本物だった。
戻れるのならば、藁にもすがりたいという思いもあった。
だが返答は期待外れのものだった。
『すまんが、お前の肉体はすでに大いなる生命の源に還ってしまった。戻すことはできんな』
「そんな! 神ならばなんとでもなろう!」
『そこまで万能じゃねぇのよ。んで、詫びと言っちゃなんだが、新しく人生を始めさせてやろう。“転生”ってやつだ』
「生まれ変わる、ということか? それができたとて、この記憶がなくなるのでは意味があるまい」
『いやいや、もちろん、記憶は残すとも。それに加えて特典もつけようじゃないか? どうだ?』
「特典とは?」
『お前の希望を言ってみろ。可能ならばそれに応えよう。どうだ?』
「私は、ただ陛下の治める国が見たかった。それだけだ」
『ふむ。なぜそれが叶わなかった? 陛下とやらが無能だったか?』
「馬鹿を申すな! 陛下は素晴らしいお方だった。無能というなら私であろう。私にもっと才があればと悔やまれてならない。戦を治め、国を制すことができれば、あとは陛下の元、民が平和に暮らす豊かな国となっただろうに」
『なるほど、決まったな。お前に才を授けよう。名付けて《大軍師》だ』
「それはいったい?」
『仔細はあとでわかるだろうて。さ、そろそろ時間のようだ』
「まて、まだ話が――」
この記憶はここで終わっている。
自称、神の言う通り、新たな生を授かったのだろう。
それは嘘ではなかった。
だが、元いた国でないばかりか、ここは俺の知らない世界だった。
目に入るものは、前世では無かったものばかり。
馬で移動するなど大昔のことらしく、往来には自動車が走り回っている。
空には飛行機が飛び、天をつくほどの巨大な建造物もある。
どうしてこうなったのか? 俺は小学生にして異常なまでに歴史に興味を示した。
それは両親は、いいことだと思ったらしい。
惜しみなく書物を買い与えてくれた。
無論、子供向けの簡単なものだったが、そこに書いてあった歴史は、知るものとまったく異なるものだった。
生まれた国が違うのか? そう思い世界地図を見た時の衝撃といったらない。
まったく見たことのない大陸が、島が、海が、国名が、そこに書かれていたのだ。
その時、それまですっぽり抜け落ちていた記憶も蘇った。
自称“神”の言ったことだ。
『ちょっと言いにくいんだが、いろいろ事情があってな、そのまま前の世界に転生すると世界に歪みが起きちまうんだわ。てなわけで次に生まれるのは前とはまったく別の世界になる。つまり異世界に転生ってことになるな。いろいろ言いたいこともあるだろうが、ここはまぁ、特典付きってことで許して欲しとくれ』
しかし、若くして記憶を呼び覚ませたのは幸いだったかもしれない。
異世界といっても、前世の記憶が役立つことも多数あったからだ。
もっとも、急に言葉使いが大人びたことを両親からは訝しがられたが。
子供らしく振る舞うことに苦戦しつつも、なんとか上手くやっていけたと思う。
見た目に関しては少し文句を言いたい。鏡を見るたびに思う。なんだこの女みたいな顔は。
妙に色白だし、体毛が薄い。黒い髪は少しクセがあり、何もしなくてもところどころ跳ね上がってしまう。面倒だからとほったらかしにしている俺も悪いのだが。
成長すれば変わるかと思ったが、高校生になっても大して変わらず、ヒゲの一つも生えてこない。前世なら女のようだと嫌がらせを受けていたところだ。
せめて体だけでもとスポーツに打ち込んだ。
俺の才、《大軍師》が発動したのは、部活に本腰を入れてからのことだった。
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