異世界転生した俺がプロゲーミングチームでコーチング

蓮澤ナーム

第1話 「序」

 チームのアタッカーであるKenGケンジーは、ピンクのメッシュをいれた長い髪をかき上げ、薄ら笑いを浮かべながら言い放った。


「今月でチーム、抜けさせてもらいますわ」


 勝ち誇ったような顔、というのはこういうのを言うのだろうか。

 小さな目を半月状に薄く開き、見下すように俺を見ていた。


 これほど重大な決断をしてくるとはちょっと予想外だったが、よく思い返すとその予兆はあったように思う。

 多少、痛手ではあるが、KenGケンジーの代わりはすでにほぼ決まっている。特に問題は無し。


「そうか。今までおつかれさん」

「は? え? そんだけ?」


 KenGケンジーは俺が泣いて引き止めるとでも思っていたのだろう。

 顎が外れたのかと思うほど口をだらしなく開けている。


 ※※※


 そして今も、あの時のような顔をしている。

 その間抜け面を、俺は遠くから眺めていた。


 目の前にウチの選手たちのディスプレイがズラッと並んでいる。

 ステージの反対側には、相手チームのディスプレイが同様に並んでいる。

 そのすき間からKenGケンジーの顔が見えているのだ。


 またウチの選手からキルを取られた。

 あー、デスクを叩くんじゃないよ。そりゃお前のじゃないぞ。


 口を激しく動かして何やら言っている。

 俺もヘッドセットをしているから向こうの声は聞こえない。どれ、少しだけ習った読唇術とやらを試みてみようか。

 んー、ゴミ、死ね、カス、こんなところか?


 いけないねぇ。

 ゲーム中にネガティブな発言をするやつが、一番チームにとって不要なんだよ。


 こりゃ圧勝だな。


 ※


「おつかれ! グッドゲーム!」


 俺は拍手し、勝利した選手たちをねぎらった。

 彼らも互いの肩を叩き、グーパンチを合わせ、健闘をたたえあっている。


 ひとしきり喜びを味わったあとは、敗者に対する挨拶だ。

 選手たちは列になって握手を求める。

 順番に握手を交わし、敵同士であっても褒めたり、エールを送ったりしている。


 が、KenGケンジーは握手こそするものの、相手と目も合わそうとしない。

 口もひん曲げたままだ。

 こういう風に、不満を隠さない者もいる。

 だがこういう態度は、相手に対し失礼というばかりでなく、チームメイトの士気も下げる。


 こいつは、ウチにいるときからこういう男だった。

 それをなんとかコーチングしようと試み、最初は上手くいった。

 彼もメキメキと頭角を現し、チームも勝利を重ねた。


 そう、プレイヤーとして才能はあるのだ。

 だが、それはチームあってのものだ、ということを理解していなかった。

 勝ち続け、成績を伸ばすにつれ、彼は目に見えて増長していった。


 勝つほどに謙虚になるのが理想的な選手である。

 真に強い選手は、自分ひとりの力などたかが知れているということをよく理解している。

 チームメイト、コーチ、アナリスト、そしてファン。

 それらの力が合わさって、初めてチームは勝利するのだ。


「テメェ! なんであんとき、俺を止めなかった!」


 気づけば、KenGケンジーが俺の目の前にいた。

 今にも殴りかかっていきそうな剣幕で、俺を睨みつけている。

 その小さな目は三角定規のように尖っていた。


「今さらなに言ってるんだ。自分で決めたことだろ? お前はめんどくさい彼女かよ」

「うるせぇ! チームのやつらが俺の足を引っ張るからよぉ! 調子のいいこっちのチームに移籍したってのに、勝てなくなっちまった!」


 それは逆だよ。お前がチームの足を引っ張ってたんだ。

 チームが勝てなくなってたのは、お前のせいなんだ。


 俺はその言葉を飲み込んだ。

 どうせ言ったところで理解できまい。

 人は本当のことを言っても簡単には信じないのだ。自分の信じたいことを信じる。それが人間というものだ。


「こいつら、使えねぇんだよ。まだそっちのがマシだったぜ!」

「そうか。俺にはお前がお荷物のように見えるがな」

「な、なにぃ!?」


 おっと、つい我慢しきれず言っちまった。

 面倒なことになるまえに、とっとと帰るとするか。


「……んなこたぁ、俺だって分かってんだよ!」


 我が耳を疑ってしまった。

 こいつがそんなことを言うタマだったなんて。

 見れば、小さな目から大きな水の玉がポロポロとこぼれ落ちていた。


「そうか。ならもっと、チームに協力することだな。そしてチームメイトと仲良くすること。そっから始めないとな」

「くそっ、偉そうに! 次、覚えてろよ!」


 彼は腕で目を拭いながら振り向いて、去っていった。

 あいつ、ひょっとしたら化けるかもな。

 いや、そうあって欲しい。


 今は敵同士だが、かつては俺が面倒を見た選手なんだ。

 このまま終わってほしくはない。


 あんな態度を取られたというのに偽善者ぶるな、と言われそうだが、これは本心だ。

 俺はどこのチームの選手であれ、才能を伸ばせず、真の力を開花させられず、辞めていくということだけは我慢ならんのだ。


 人の才能を伸ばすことが俺の喜び。

 そして当然、チームを勝たせること。

 それが、俺の思うコーチという仕事なんだ。


 それが俺の生きがいでもある。

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