第15話 お試し期間2日目(朝)

 朝の6時半。ミケは見慣れない天井を、意識がまだぼんやりとしたまま眺めていた。

「ああ、意外とよく眠れたニャ。」

昨夜は軽い夜泣きの声は聞こえたものの、すぐに泣き止んだようだったのでミケは与えられた寝室で一晩を過ごした。

「あと30分でお仕事開始だし、あと5分したら起きるニャ。」

 お手伝い猫全般に言えることだが、やはりミケも猫なので寝起きが悪い。そして、赤ん坊の夜泣きに咄嗟に起きられない。この事はお手伝い猫の契約書にも

「夜泣き対応(夜中のオムツ交換及びミルクを含む)は致しかねます。また、追加料金をお支払い頂いても、7時以前の早朝出勤及び20時以降の勤務時間延長は一切行いません。」

と明記されている。

 本来、猫は夜行型だが人間の生活リズムに順応出来るよう、お手伝いペット養成学校で1年間かけて起床サイクルを「6時半起床、20時半就寝」に調整しているのである。せっかく整えたこのサイクルを依頼先の人間の都合でむやみに変えることは、ひいては猫の寿命にまで関わるため、禁止されている。そのため、全てのお手伝いペットが装着するGPSバンドには、睡眠サイクル等を自動計測し、国が管轄するお手伝いペットの派遣元へと毎日データが送信される。

 

 お手洗いから出てきたミケは、ママさんに出くわした。

「ママさん、おはようございます。坊ちゃん、少し夜泣きしてたみたいですけど大丈夫でしたか?」

「おはようミケさん。うん、麦茶飲ませて背中トントンしてたら、また寝たわ。」

ちなみに、お手伝いペットは後始末の省略や衛生面、子どもへのトイレトレーニング等の観点より人間用のトイレで用を足せるように教育される。

「あ、ママさん。トイレにステップ(踏み台)置いて下さってありがとうございます。」

「いいのよ、全然。適当に"標準的なお手伝い猫用サイズ"って書いてあるのを通販で買っただけだし…あれで良かった?」

「はい。自分で高さを調整出来ますので、あれで大丈夫でした。」

余談だが、お手伝いペットは二足歩行の訓練や家事全般の教育等によって運動及び脳機能が発達したため、体格的にも皆さんがイメージする犬猫より二回りほど大きい。

特に、ミケは体格が良く養成学校では肥満等の生活習慣病を心配されたが、健康診断の結果はオールA。いわゆる「ガタイの良い」猫なのである。それゆえ、ママさんも踏み台の買い直しが必要か心配だった。

「ママさん、あの踏み台、少し調整すれば坊ちゃんのトイレトレーニングにも使えそうなので、今日試してみますね。」

「あら、助かるわ。よろしくね。」


 二人(一人と一匹?)の話し声で目が覚めたのか、坊ちゃんが部屋から出てきた。

「坊ちゃん、おはようございます。よく眠れましたか?」

「ミケ、ねみぃ~。」

坊ちゃんは、まだしっかり目覚めていない様子だ。

「おしっこシーシー出来ますか?それとも、もう少しねんねしますか?」

その時、ママさんの顔を見上げた坊ちゃんが

「だれぇ?」

とママさんを指差してミケに尋ねた。ミケは心の中で

「どぅぉぉぉぉぉぉー!!」

と言葉にならない叫び声を発した。そう、ミケも今朝思ったのだが、ママさんはすっぴんとメイク後の顔が別人なのだ。いくら"子どもは無垢で正直なのが一番!"と言えど、さすがに朝から気まず過ぎる!

「お前を拾った方のママだよ!」

あぁ、ママさん怒ってる…とミケはアワアワしたが

「坊、朝ごはんパンとおにぎり、どっちが良い?」

「おにぎりー!」

とママさんと坊ちゃんの間で普通の会話がなされており、ホッとした。"お前を拾った方"って表現はさすがにアウトですよ…と言いたかったが、蒸し返すと大変なことになりかねないので、ミケは私は何も聞いていない…と自分に言い聞かせ、坊ちゃんのトイレの手伝いを始めた。

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