第13話 お試し期間 1日目(夕方)

「ミケさん、そろそろ晩御飯が出来るからパパを起こしてくれる?」

良い匂いのするキッチンから、ママさんの声がした。

「承知しました。じゃあ、そろそろ坊っちゃんのお店も閉店時間ですね。」

あれから1 時間は床の上で昼寝をしているパパさんの肩をポンポンと叩きつつ、ミケが坊っちゃんに声を掛けた。

「イヤだー!」

坊っちゃんが大声で泣き出し、パパさんもその声で飛び起きた。だが、こうなる事はミケとママさんにとっては想定内だった。


ママさんは、

「じゃあ、知育アニメの動画でも点けて…」

とミケに頼もうとしたが、それよりも早く

「いえいえ坊っちゃん、まだ遊びますよ!次は宅配便ごっこです。ミケが持ってる"おとどけもの"の箱におもちゃを入れて、荷物を作ります。ミケと坊っちゃん、どちらが沢山入れられるか競争です!」

「ボクいちばん!」

「ミケだって負けませんよ〜それでは、よーい、ドン!」

坊っちゃんはミケの持っているおもちゃの収納箱に、次から次へとおもちゃを投げ入れる。

「坊っちゃん、早いですね〜。でも、大事な荷物だから優しく入れてあげたらもっと花丸です。」

「だいじだいじ!」

こちらの言っている事は、一通り理解してくれているようで、ミケはほっとした。

後ほどママさんから聞かされた話によると、坊っちゃんは警察に保護された後、今日、この家に来るまで乳児院で数ヶ月間暮らしていた。保護された直後は、まるで"野生の猪か狼にでも育てられた"かのような粗暴っぷりだったらしいが、職員さん達のお陰で、言葉によるコミュニケーションや、食事のマナー、排泄等を少しずつ覚え、やっと今回の"お試し外泊"の段階まで辿り着けたそうだ。

「ミケさん、すごいわ!坊も上手上手!」

ママさんも合いの手を入れる。どうやら、あの子の事はミケに合わせて"坊"と呼ぶことにしたらしい。

「よし、荷造り完了!じゃあ坊っちゃん、ミケと一緒にこの荷物をあそこのクマちゃんの所までお届けしましょう!」

「プップー!」

「あ、おもちゃ箱を引き摺るとフローリングに傷が…」

存在感の薄いパパさんだが、どうも細かい性格らしい。だが、

「賃貸じゃねぇんだから、傷ぐらいでガタガタ言わない!」

どうやら、この家庭ではあらゆる場面において、ママさんの発言が鶴の一声のようだ。だが、仕事先のお宅に傷を付けるのも申し訳ないので、ミケは

「坊っちゃん、力持ちだからミケと一緒に荷物を持ち上げましょうか。…よいしょっ!」

「よいしょ!」

「それ、ワッセ、ワッセ!」

と上手く坊っちゃんを誘導し、おもちゃを部屋の隅へと片付けた。


「2人共お片付けお疲れ様。じゃあ、ご飯にしましょうね。」

「ごはんー!」

ママさんによって美味しそうなパスタやサラダ等が並べられた食卓に、"猪突猛進"を体現するかの如く猛ダッシュする坊っちゃんを抱き抱え、制止したパパさん。

「坊っちゃん、お手々を洗いに行きますよ。」

「ごはんー!」

晩御飯が待ち切れず、次は"海老反り"を体現しながらぐずる坊っちゃんをパパさんとミケの2人掛かりで洗面所に連れて行くのを見ながら、

「1つ1つが騒がしいわね。」

と嬉しそうに呟くママさんだった。


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